野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)

匂宮(におうのみや)様も、女君(おんなぎみ)から昨日届いたお手紙にお胸がざわついていた。
<『私が跡形(あとかた)もなく姿を消してしまったら』というのはどういうことだろう。姫は私のことを愛してくれていた。しかし浮気な男だと疑ってもいたから、二十八日の夜に私が迎えにいく前に、どこかへ姿を(かく)すつもりなのだろうか>
あわててお返事をお書きになると、いつものお使者(ししゃ)に届けさせなさった。

山荘(さんそう)じゅうが泣き(さわ)いでいるところにお使者は来てしまって、宮様のお手紙を渡すどころではない。
「何があったのだ」
と下働きの女に尋ねる。
「姫様が昨夜、急にお亡くなりになったらしいのです。それで大騒ぎです。ここには頼りになる男の人がいませんから、女房(にょうぼう)の皆さんはどうしたらよいかお分かりにならないようで」
お使者は深い事情を知らない男なので、詳しく尋ねることもせず二条(にじょう)(いん)に戻った。

お使者の話をお聞きになっても、宮様は半信(はんしん)半疑(はんぎ)でいらっしゃる。
<具合が悪いとは聞いていたが、重病(じゅうびょう)ということでもなかった。むしろ昨日の手紙はいつもより胸を打つ書きぶりだったではないか>
どうにもはっきりしないので、乳母子(めのとご)時方(ときかた)にお命じになる。
「そなたが山荘に行って様子を見てまいれ。女房から確かな話も聞くように」

時方は(しぶ)る。
「先日宮様の御前(ごぜん)にお連れした女房は、(かおる)(きみ)が夜の警備(けいび)を厳しくなさったと申しておりました。山荘に男の出入りがあることを、薫の君がお知りになったということでしょう。そこへ私がのこのこと行けば、警備の者はきっと薫の君にご報告いたします。出入りなさっていたのが宮様だと気づいてしまわれるのでは。
それに、見とがめるのは警備の者だけではございません。急に死人(しにん)が出た家というのは、関係者も野次(やじ)(うあ)も多く集まってくるものですから、誰かが私に気づいて不審(ふしん)に思いましょう」

「それでは何も分からないままだ。やはりここはそなたに頼みたい。先夜(せんや)の女房はそなたの恋人だろう。どうにかして会って、なぜ女君が死んだなどということになっているのか聞いてまいれ。あの使者の言うことはあてにならぬ」
気が気でないご様子の宮様がおいたわしくて、時方は夕方宇治(うじ)へ向かった。