野いちご源氏物語 五一 浮舟(うきふね)

いつもは時間を持(も)て余(あま)す長い一日なのに、日が暮れていくのをお嫌がりになる宮(みや)様とご一緒だと、女君(おんなぎみ)もあっという間に日が暮れたように感じる。
春の光のなかの浮舟(うきふね)の君(きみ)は、どれだけ見ていてもあきることのないかわいらしさで、優しい愛嬌(あいきょう)がある。
とはいえ、冷静に見ればさすがに中君(なかのきみ)には及(およ)ばないし、夕霧(ゆうぎり)大臣(だいじん)様の華やかな姫君(ひめぎみ)にも敵(かな)うはずはない。
それでも宮様は目の前の浮舟の君に夢中で、
<これほどかわいらしい人を見たことがない>
と見つめていらっしゃる。

浮舟の君もまた、これまでは薫(かおる)の君(きみ)を最高にお美しい人と思っていたけれど、
<匂(にお)い立つようなお美しさは宮様の方がすばらしい>
と思っている。

宮様は硯(すずり)を引き寄せて、紙にさらさらと和歌を書いていかれる。
絵などもお上手にお描きになるので、若い浮舟の君が宮様に心惹(ひ)かれても仕方がないわ。
「私が会いに来られないときは、この絵を見ていておくれ」
とおっしゃって、美しい男女が仲(なか)睦(むつ)まじく寄りそった絵をお渡しになった。
「いつもこんなふうにいられたらよいのに」
宮様のお目から涙がこぼれる。

「永遠の愛を誓(ちか)っても、明日の命がどうなっているか誰にも分からないのが悲しい。こんなことを考えては縁起(えんぎ)が悪いですね。思いどおりに振舞えず、嘘(うそ)を重ねていると、本当に死んでしまいそうな気がする。二条(にじょう)の院(いん)で拒(こば)まれたとき、あなたのことなどさっさと諦(あきら)めてしまえばよかったのかもしれない」
女君も筆を取って、
「明日どうなっているか分からないのは命だけではありません。宮様のお心も」
と書いた。

<どうせ心変わりするだろうと私を恨(うら)んでいるのか>
いじらしい人だと宮様はお思いになる。
「誰の心変わりを見たことがあるのです」
微笑(ほほえ)んで意地悪をおっしゃる。
薫の君との馴(な)れ初(そ)めを何度もお尋ねになるので、女君は苦しい。
「申し上げられないことばかりお尋ねになるのはひどうございます」
とすねる様子が、子どものようで愛(あい)らしいの。
いつか自然と分かるだろうとお思いになりながらも、宮様は女君の口から言わせたくなってしまわれるのだから、困ったご性格だこと。