【完】亡者逃走中in現世

「へー、美穂ちゃん陸上部なんだ。短距離?」

宋がガラス皿に残ったパフェの生クリームをスプーンですくい、頬張りながら尋ねる。

「はい!100メートル走やってます」

​美穂ちゃんが体育会系らしい元気いっぱいの笑顔で答えると、その隣に座っていた変成くんが容赦のない視線で宋をじっと見つめた。

「そういえば宋帝王、家賃はちゃんと払ったの?払ってなかったら初江王に食費削るとか言われてなかったっけ?」

「ぶっ、ゲホッ……!ま、まぁ一応……半分くらいは納めた、かな……?」

変成くんの容赦ない質問に、宋は気まずそうに明後日の方向を向く。

そして私を挟んだすぐ隣では、グラスを拭いているしょーくんと、カウンター越しに都市くんが話していた。

「初江王、お土産の饅頭ありがとうございます。とても美味しかったです」

「もう食べたのか……?あと、宋帝王はさっさとバイトに戻れ」

夏休みが始まったばかりの七月下旬。窓の外では爽やかな風が吹いている。

最近では、しょーくんと宋のバイト先にこうして集まり、賑やかにテーブルを囲むのもすっかりよく見慣れた光景になっていた。

​『本日未明、大規模な犯罪グループの幹部数名を逮捕しました。警察は全容の解明に向けて――』

​店内の一角に置かれた小型テレビからは、アナウンサーの淡々としたニュースの声が流れていた。

どうやら、あの亡者を囲っていた犯罪組織が逮捕されたらしい。

「あ、捕まったんだ!」

「良かった、良かった」

​なんてことない平和な会話に花を咲かせていると、入口の扉に付いているドアベルがカランコロンと涼しげな音を立てて鳴った。

「やぁ、みんな楽しそうだね」

「「「「閻魔!」」」」

あまりにも唐突に現れた人物に、テーブルの全員の視線が一斉に突き刺さる。

「え、この人が?」

美穂ちゃんはパチクリと目を丸くして驚きの声を呟いたあと、困惑したように首をかしげながら、私の肩をちょんちょんと叩いてそっと耳打ちしてきた。

「閻魔大王ってもっと鬼みたいなイメージあった……意外と若いお兄さんっぽいんだね」

「見た目に騙されちゃダメだよ。中身はただのヘタレだから」

「コラ、聞こえてるよ」

「閻ちゃん、何でここにいるのー?」

苦笑いする閻魔に対し、慣れた様子で宋がお冷やの入ったグラスを置く。

「いやぁ、君達最近よく頑張ってくれているから親心ながら、ねぎらおうおうと思ってね。あ、そこの現世の子もありがとうね」

ニコニコと優しげな笑みを浮かべた閻魔は、少し緊張気味の美穂ちゃんとしっかりと目を合わせた。

「こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないが、もう少しだけ彼らの傍にいてやってほしい。特に秦広王は『初めて人間の友達ができた!』って大喜びしていたからね。よろしく頼むよ、菅原美穂ちゃん」

「余計なこと言わないで!」

私は慌てて閻魔の口を塞ごうとしたが、ヒョイっとかわされてしまった。

初めは不安しかなかった現世生活。

閻魔の尻拭いで亡者を送り還して、友達もできて、何故か配信者になって――。

でも今は、みんなでいる時間が楽しい。

沢山悩んで、沢山迷って……。

もうダメかもって何度も思ったけど。

今はそうやって悩んで迷った時間も、大切に思えてくる。

「……真宵?」

​ふと、美穂ちゃんに名前を呼ばれてハッと顔を上げた。

「どうしたの?」

「なんか、さっきからずっとニコニコしてるよ?」

「え?」

慌てて頬に手を当てる。

言われてみれば、自然と口元が緩んでいた。

「……そうかな?」

「うん。すごく楽しそう」

「そっか」

なんだか少し恥ずかしくなって、私は誤魔化すように視線を逸らした。

―――その時、亡者の気配がした。

「もー、昼間くらいは大人しくしてほしいね」

変成くんがキャラメルマキアートを飲み干して立ち上がる。

「おい待て貴様ら、会計はまだだろ。無銭飲食は等活地獄だぞ」

しょーくんの容赦ない怒声が飛ぶ中、私はカウンターの中に戻っていた宋に向かって叫んだ。

「お会計は閻魔持ちで!」

「アイアイサー」

爽やかに答える宋に乗っかりつつ、閻魔が青ざめた顔でポケットをガサゴソと探り始める。

「ちょ、ちょっと待ってぇ!?持ち合わせが――!」

情けない声を上げる閻魔を置き去りにして、美穂ちゃんがソワソワした様子で私の隣に並んだ。

「どんな亡者なの?」

「えーっと、連続空き巣犯!」

「よし、今研(と)いだばかりのこれで三枚におろしてやる」

​カウンターからキラリと光る包丁を手に、殺気立つしょーくんが出てくる。

「しょーくん、それで外に出ないで!」

物騒すぎる調理器具を構える姿に、思わず全力でツッコミを入れた。

(これじゃあ、どっちが犯罪者か分らなくなっちゃう!!)

「それじゃ、行きますか」

「「「「「おー!」」」」」

都市くんの掛け声に合わせ、私達は勢いよく拳を高く突き上げた。

顔を見合わせて弾けるように笑い合ったら、この先の未来にも、きっとたくさんの『幸せ』が待っている気がした。