亡者逃走中 in 現世

それから数日後。
私は配信のいろはを学ぶため、都市くんに誘われて推しグループである『メルティ・キャンバス』のライブに行くことになった。
都市くんの現世のお友達も一緒に。
「た、隊長!いつから中学生に手を出すように……」
「犯罪はダメでござる!隊長、踏みとどまるでござる!」
「ち、違います違います違います!犯罪を犯す訳ないでしょう!?今日は社会科見学というか、ライブの演出を学びに来ただけなんです!」
​汗をダラダラ流しながら必死に弁明する都市くんに、オタク友達の二人――バンダナを巻いた『メガネ氏』と、リュックに大量の缶バッジをつけた『ござる氏』は、不思議そうに首を傾げた。
ライブハウスの前には、すでに大勢のファンが集まっていた。会場全体がライブの始まる前からお祭りのような雰囲気に包まれている。
「うわぁ……すごい人……」
思わず立ち止まってしまう。
私が目を輝かせていると、隣から都市くんの声が飛んでくる。
「前回のライブではチケット持ってなくて入れなかったんでしたっけ?」
「うん。チケットいるってこと知らなくて……。でも、今回はちゃんと持ってるよ!」
私は財布の中から昨日貰ったチケットを取り出した。
都市くんがそれを確認すると、ほっとしたように胸を撫で下ろす。
「良かった。そういえば、変成王は遅いですね。……さっき『少し遅れるー』って連絡がきたのに」
「変成くん?来ないよ、今日は」
「え?」
「なんか、めんどくさいから秦だけで行ってきて〜って言われて……連絡は自分で入れるって言ってたんだけど」
「あいつ僕に嘘の連絡入れやがった!なぁにが少し遅れるーですよ!!」
都市くんがスマホを握りしめ、わなわなと震える。
「完全にバックレじゃないですか!」
✳✳✳
「今日もツユちゃんのライブ最高すぎるぅぅぅ!」
​熱気が冷めやらない会場前。
興奮のあまりペンライトを親の敵のような力で握りしめたまま、限界を迎えたござる氏が顔を覆って悶絶する。その隣で、推し色のマフラータオルを首からかけたメガネ氏が、首がもげんばかりの勢いで激しく同意した。
「おツユちゃんしか勝たん!ね、隊長!」
​尋ねられた都市くん―――もとい、この熱狂的コミュニティで『隊長』と崇められている都市くんは、深く被ったキャップのツバをキリッと指先で押し上げて眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。
「もちろんです。新曲のCパートはラップというツユちゃんにとって初の試み!それに加え定番曲もライブ仕様にアレンジされていて今日のライブは最高だった!」
「うおぉぉ、さすが隊長!言いたいことを全部言語化してくれる!」
​熱弁を振るう都市くんに、二人は尊敬の眼差しで目を輝かせる。
「ぜひともこの興奮をファミレスで語り合いましょう!」
「無論です。……ん?」
​ワイワイガヤガヤと賑やかな歓楽街を抜け、ファミレスに向かう道の途中。都市くんがふと足を止め、眉間にしわを寄せた。
「何かあったでござるか?」
「隊長?」
「……少し用事ができたので先にファミレスに向かっていて下さい。あとから向かいます」
「ええっ、隊長が来ないなんて、そんなの嫌でござるよ!?」
「そうですよ!隊長抜きでツユちゃんのライブのセトリを語れっていうんですか!?」
「すみません、ちょっと用事がぁぁぁ!」
迫真の言い訳を叫び散らしながら、都市くんは私と友達二人をその場に置き去りにして、脱兎のごとき勢いで雑踏の向こうへと走り去ってしまった。
​しかしその刹那、私の肌をゾクリと針で刺すような冷たい感覚が走る。
​(……亡者……!?)
​そう言えば、会場を出たあたりからずっと嫌な気配が漂っていた。都市くんはそれに気づいて……!
「待って、都市くん!」
​大通りをいきなり猛ダッシュで駆け抜けていく彼の背中を見送りながら、私は一瞬呆然と立ち尽くした。慌てて追いかけようとする現世の友達二人に向かって、私は必死に笑顔を作ってみせる。
​「あ、私がちょっと様子を見てくるから、二人は先にファミレスで席を取っておいて下さい!」
​「「え?あ、はい!」」
なんとか納得させ、私は都市くんが消えた方向へと一気に走り出した。
​大通りの賑やかな喧騒から外れ、街灯がポツンと寂しく灯る路地裏へ入ると、亡者と対峙している都市くんを見つけた。
「都市くん!その人はどんな犯罪犯したの?」
「女子中学生連続誘拐犯です。一年ほど前に女子中学生を次々と連れ去っては写真とか撮ってたらしいですね」
あれ、確かそれって……ずいぶん前の宋の話を思い出す。もう忘れたと思っていた言葉。
『次々に女子中学生ばっかを狙う誘拐犯だよ』
あれは、この亡者のことだったんだ。
「これ以上罪を重ねるならもっと重いところに堕としますよ!」
「う、うるさいうるさい!こっち来んな!」
​亡者は怯えたように叫びながら、近くにあったゴミ箱を都市くんに向かって乱暴に投げつけた。
それを避ける都市くん。
「ちょっと好みの子を愛でていただけだ!それなのに、地獄に戻るなんてあんまりだ!」
「「いや、愛で方に問題があるでしょ」」
思わず私と都市くんの声が綺麗に重なった。
都市くんが閻魔帳を片手に、ゆっくりと亡者へ歩み寄る。
「それに、好きという気持ちは自分の中にあるものです。それを相手に押しつけて、嫌がっている人を傷つけた時点で、それはもう『愛でる』とは呼べませんよ」
「……」
亡者は目を見開き、その場に崩れ落ちた。
「すまなかった……本当に」
都市くんはそんな亡者をしばらく無言で見つめていたが、閻魔帳を開いて審判に入った。
ページがひとりでにぱらぱらとめくれ、淡い光が文字の上を走っていく。
「じゃあ、きっちり反省しておいで」
そう呟くと同時に、ページの中から溢れ出た金色の紐がゆらゆらと宙を舞い、亡者の周りを揺蕩(たゆた)う。
「第一の地獄、等活地獄!」
都市くんが叫ぶとパッとその亡者は霧散した。どうやら無事に送り還せたようだ。
​「……ふぅ、一件落着ですね」
​都市くんは手に持っていた閻魔帳をパタンと閉じ、いつもの落ち着いた調子で息を吐く。
「あ」
しかし突然、何かを思い出したように固まってしまった。
「どうしたの?」
​「メガネ氏とござる氏をファミレスで待たせているのを忘れていました!急いで戻らないと怪しまれます!」
「あ、そうだった!二人を待たせてたんだった!」
​私達は顔を見合わせると、急いで路地裏を飛び出し、歓楽街へと足を速めた。