「……んま!」
「うめぇ!」
「このしいたけ、ちょーだい」
「焼きとうもろこしが欲しい人は、手を上げるんである」
じゅうう、と網の上で脂が弾ける心地いい音が響くたび、みんなのテンションがぐっと上がる。机の端っこでは、私が買ってきたちょっとお高めの焼肉のタレが大活躍していた。
さっきまで生贄にされかけていたはずの閻魔も、ちゃっかり縄を解かれてお肉を頬張っている。
そんな平和(?)な空気を、のんびりした声がぶち壊した。
「――あ、そうそう。誰か僕の代わりに、逃げ出した亡者を送り還してくれないかな?」
閻魔だ。
亡者を逃がした張本人が、お肉の匂いに紛れてとんでもないことを言い出した。
トングを持った獄卒も、肉を口に運ぼうとしていた十王も、全員が無言で視線を落とした。誰も閻魔と目を合わせようとしない。
沈黙が痛いほどに広がっていく。
「いやー、秦が良いと思うよ」
一番最初に、息をするように裏切ったのは変成くんだった。
「は!?何で私!変成くんの方が手際良いじゃん!」
「じゃあ、オレはパスー」
「お前やれよ」
「いや、お前がやるんである」
「おやっとさぁ……」
案の定、面倒な職場特有の擦り付け合いが始まった。
ただでさえポンコツなボスの尻拭いだ。休日を返上してまで行きたい奴なんて、この地獄に一人だっているわけがない。
閻魔は頭を搔きながら、まるで自分のせいではないかのように、のほほんと言った。
そもそも、閻魔のせいだからね?
「じゃあ、指名しまーす。秦広王と変成王ね」
「「は?」」
気の抜けた返事が見事にハモる。
……今、完全に聞き間違いじゃないよね?
ねぇ、誰か「冗談だよ」ってフォローして。
必死の抗議を込めて視線を送るが、周りの同僚たちは「巻き込まれなくて良かった……」と胸を撫で下ろしながら、そそくさと肉を焼き直している。
は、薄情者!網の上のお肉が全部焦げれば良いのに!!
そんなことを思いながら、自分の取り皿にお肉を移した。火が通り過ぎて固くなってしまった肉ほど悲しいものはない。
「だって、最近君達、仕事してないでしょ?」
「……チッ。バレてたか」
「変成くん、そこはもうちょっと粘ろうよ」
「ちなみに、亡者は人道に散らばったから、中学生として潜入してきて〜」
閻魔の言葉に、私と変成くんはまた固まった。
「……え、今なんて?」
「だから〜、人道にいる間は中学生として過ごしてね。制服も用意しといたから!」
そう言ってニッコニコの閻魔が、どこからともなく大きな紙袋を取り出した。
中には――学生服と、女子用のセーラー服。
「待って、それ、まさか……」
「もちろん秦広王はこっち!」
「嫌だよ!」
即答した。
何でセーラー服を着なきゃいけないの。罰ゲームにも程がある。
「えー、似合うと思うけどなぁ」
変成くんがニヤニヤしながら男子の制服を広げる。
「変成くんは着るんだね!?」
「だって人道の学校なんか楽しみじゃん」
「それは確かにそうだけど……閻魔の尻拭いだからね?」
閻魔はギャーギャー揉める私達を見て、ここぞとばかりに手を合わせて拝んできた。
「お願い!全部の亡者を送り返してくれたらお給料アップするから!ね?」
―――その後。
お給料アップを条件に、私と変成くんが渋々担当することになった。
***
「何で私達があの馬鹿上司の尻拭いしないといけないんだろ......」
人気のない廃工場の、冷たい鉄骨の上に腰掛けながら、私はぶつぶつと呪詛のように文句を吐き出した。
「もう地獄道と化しても良いんじゃない?」
「ダメだよ!?」
すかさずツッコミを入れる。
変成くんは隣で足をぶらぶらさせながら、夜景を眺めている。まるで遠足の休憩中みたいな、のんきな顔だ。まったく緊張感というものがない。
これから亡者を捕まえようっていうのに、何でこの人はこんなに楽しそうなんだろう。地獄にいる時はあんなに気怠げだったくせに、人道に来た途端にテンションが上がっているのが理解不能だ。
「……で、亡者の反応は?」
「んー、まだ。多分、近くにいるはずだけど……」
「何?双眼鏡持って、まだ見つかんないの?」
「うん」
軽く悪態をついてくる変成くんの言葉をスルーし、持っている双眼鏡を鞄にしまった。
(夜ならコソコソ動き回ると思ったんだけどね〜……完全に空振り)
かれこれ三十分くらいはこうしているよ。
……もう、やめやめ。今日は疲れた。
「で、どこ泊まる?」
「……」
閻魔から『あ、仕事が終わるまでは帰って来なくて良いからね〜』と、言われてたんだった。
(え、最悪)
***
「……で、えーっと、最低でも2LDKの部屋が借りたいと」
「「はい」」
手元の書類をめくりながら、数枚の見取り図を確認しているのは、困惑を隠しきれない不動産屋の男性だ。
はい、真夜中の捜索を諦め、翌朝一番で不動産屋さんに駆け込んでおります。
亡者探しは、現在進行形で完全に放棄中だ。まずは衣食住の『住』を確保しなければ始まらない。
「こことかどうでしょうか?」
男性が申し訳なさそうに差し出してきたのは、郊外にひっそりと佇む、築二十年の年季の入ったアパートの間取り図だった。
「駅から徒歩十五分、スーパーまで五分……」
「ま、俺は何でも良いけど〜……」
ふわぁ……と、緊張感のない大きな欠伸をする変成くん。
しかも、手元にある見取り図をなぜか上下逆さまに持って眺めていた。
そして見取り図を逆さまに持って眺めていた。
(それじゃ上下逆だから、部屋の広さも何も分からないよ……?)
不動産屋さんの男性が、営業スマイルを崩さぬまま説明を続ける。
「こちらのお部屋は、日当たりも良くて、静かな環境が特徴ですね」
「へー、良い物件ですね!」
「でしょ〜?」
「……で、これ事故物件なの?」
変成くんのひと言で、その場が凍りついた。
「条件が良いのに、この値段……明らかに事故物件でしょ」
「で、で、ででで出ませんよぉぉ?」
一瞬で営業トーンが裏返り、挙動不審になる不動産屋さん。
うん、絶対なんか出るな、これ。確信した。
「まぁでも。そういうの、逆にお得じゃない?」
「え?」
「だってほら、入居者少ないなら、家賃下げてもらえるかもしれないし」
「いやいやいや、値引きキャンペーンとかいらないから!でも、できたら家賃半値が良い」
人道のお金なんて、地獄の貯金からは大して換金できなかったのだ。すでに財布の中身が寂しい私達にとっては、安さは正義である。
そんな私達の、お化け屋敷の査定でもするかのような不謹慎なやり取りを聞いて、不動産屋さんが怯えながら小声で呟いた。
「……実は、以前ちょっと音の報告が……」
不動産屋の言葉を最後まで聞かず、変成くんは話しだした。
「まぁ、別に何でも良いや。ここで良いでしょ」
「確かに」
何でも良い、何でも良いから早く横になりたい。
「じゃ、契約書ここにサインお願いします」
不動産屋さんが差し出したボールペンを受け取り、ため息をつきながら名前を書いた。
こうして私達は、『訳あり』な部屋に入居することになった。
「うめぇ!」
「このしいたけ、ちょーだい」
「焼きとうもろこしが欲しい人は、手を上げるんである」
じゅうう、と網の上で脂が弾ける心地いい音が響くたび、みんなのテンションがぐっと上がる。机の端っこでは、私が買ってきたちょっとお高めの焼肉のタレが大活躍していた。
さっきまで生贄にされかけていたはずの閻魔も、ちゃっかり縄を解かれてお肉を頬張っている。
そんな平和(?)な空気を、のんびりした声がぶち壊した。
「――あ、そうそう。誰か僕の代わりに、逃げ出した亡者を送り還してくれないかな?」
閻魔だ。
亡者を逃がした張本人が、お肉の匂いに紛れてとんでもないことを言い出した。
トングを持った獄卒も、肉を口に運ぼうとしていた十王も、全員が無言で視線を落とした。誰も閻魔と目を合わせようとしない。
沈黙が痛いほどに広がっていく。
「いやー、秦が良いと思うよ」
一番最初に、息をするように裏切ったのは変成くんだった。
「は!?何で私!変成くんの方が手際良いじゃん!」
「じゃあ、オレはパスー」
「お前やれよ」
「いや、お前がやるんである」
「おやっとさぁ……」
案の定、面倒な職場特有の擦り付け合いが始まった。
ただでさえポンコツなボスの尻拭いだ。休日を返上してまで行きたい奴なんて、この地獄に一人だっているわけがない。
閻魔は頭を搔きながら、まるで自分のせいではないかのように、のほほんと言った。
そもそも、閻魔のせいだからね?
「じゃあ、指名しまーす。秦広王と変成王ね」
「「は?」」
気の抜けた返事が見事にハモる。
……今、完全に聞き間違いじゃないよね?
ねぇ、誰か「冗談だよ」ってフォローして。
必死の抗議を込めて視線を送るが、周りの同僚たちは「巻き込まれなくて良かった……」と胸を撫で下ろしながら、そそくさと肉を焼き直している。
は、薄情者!網の上のお肉が全部焦げれば良いのに!!
そんなことを思いながら、自分の取り皿にお肉を移した。火が通り過ぎて固くなってしまった肉ほど悲しいものはない。
「だって、最近君達、仕事してないでしょ?」
「……チッ。バレてたか」
「変成くん、そこはもうちょっと粘ろうよ」
「ちなみに、亡者は人道に散らばったから、中学生として潜入してきて〜」
閻魔の言葉に、私と変成くんはまた固まった。
「……え、今なんて?」
「だから〜、人道にいる間は中学生として過ごしてね。制服も用意しといたから!」
そう言ってニッコニコの閻魔が、どこからともなく大きな紙袋を取り出した。
中には――学生服と、女子用のセーラー服。
「待って、それ、まさか……」
「もちろん秦広王はこっち!」
「嫌だよ!」
即答した。
何でセーラー服を着なきゃいけないの。罰ゲームにも程がある。
「えー、似合うと思うけどなぁ」
変成くんがニヤニヤしながら男子の制服を広げる。
「変成くんは着るんだね!?」
「だって人道の学校なんか楽しみじゃん」
「それは確かにそうだけど……閻魔の尻拭いだからね?」
閻魔はギャーギャー揉める私達を見て、ここぞとばかりに手を合わせて拝んできた。
「お願い!全部の亡者を送り返してくれたらお給料アップするから!ね?」
―――その後。
お給料アップを条件に、私と変成くんが渋々担当することになった。
***
「何で私達があの馬鹿上司の尻拭いしないといけないんだろ......」
人気のない廃工場の、冷たい鉄骨の上に腰掛けながら、私はぶつぶつと呪詛のように文句を吐き出した。
「もう地獄道と化しても良いんじゃない?」
「ダメだよ!?」
すかさずツッコミを入れる。
変成くんは隣で足をぶらぶらさせながら、夜景を眺めている。まるで遠足の休憩中みたいな、のんきな顔だ。まったく緊張感というものがない。
これから亡者を捕まえようっていうのに、何でこの人はこんなに楽しそうなんだろう。地獄にいる時はあんなに気怠げだったくせに、人道に来た途端にテンションが上がっているのが理解不能だ。
「……で、亡者の反応は?」
「んー、まだ。多分、近くにいるはずだけど……」
「何?双眼鏡持って、まだ見つかんないの?」
「うん」
軽く悪態をついてくる変成くんの言葉をスルーし、持っている双眼鏡を鞄にしまった。
(夜ならコソコソ動き回ると思ったんだけどね〜……完全に空振り)
かれこれ三十分くらいはこうしているよ。
……もう、やめやめ。今日は疲れた。
「で、どこ泊まる?」
「……」
閻魔から『あ、仕事が終わるまでは帰って来なくて良いからね〜』と、言われてたんだった。
(え、最悪)
***
「……で、えーっと、最低でも2LDKの部屋が借りたいと」
「「はい」」
手元の書類をめくりながら、数枚の見取り図を確認しているのは、困惑を隠しきれない不動産屋の男性だ。
はい、真夜中の捜索を諦め、翌朝一番で不動産屋さんに駆け込んでおります。
亡者探しは、現在進行形で完全に放棄中だ。まずは衣食住の『住』を確保しなければ始まらない。
「こことかどうでしょうか?」
男性が申し訳なさそうに差し出してきたのは、郊外にひっそりと佇む、築二十年の年季の入ったアパートの間取り図だった。
「駅から徒歩十五分、スーパーまで五分……」
「ま、俺は何でも良いけど〜……」
ふわぁ……と、緊張感のない大きな欠伸をする変成くん。
しかも、手元にある見取り図をなぜか上下逆さまに持って眺めていた。
そして見取り図を逆さまに持って眺めていた。
(それじゃ上下逆だから、部屋の広さも何も分からないよ……?)
不動産屋さんの男性が、営業スマイルを崩さぬまま説明を続ける。
「こちらのお部屋は、日当たりも良くて、静かな環境が特徴ですね」
「へー、良い物件ですね!」
「でしょ〜?」
「……で、これ事故物件なの?」
変成くんのひと言で、その場が凍りついた。
「条件が良いのに、この値段……明らかに事故物件でしょ」
「で、で、ででで出ませんよぉぉ?」
一瞬で営業トーンが裏返り、挙動不審になる不動産屋さん。
うん、絶対なんか出るな、これ。確信した。
「まぁでも。そういうの、逆にお得じゃない?」
「え?」
「だってほら、入居者少ないなら、家賃下げてもらえるかもしれないし」
「いやいやいや、値引きキャンペーンとかいらないから!でも、できたら家賃半値が良い」
人道のお金なんて、地獄の貯金からは大して換金できなかったのだ。すでに財布の中身が寂しい私達にとっては、安さは正義である。
そんな私達の、お化け屋敷の査定でもするかのような不謹慎なやり取りを聞いて、不動産屋さんが怯えながら小声で呟いた。
「……実は、以前ちょっと音の報告が……」
不動産屋の言葉を最後まで聞かず、変成くんは話しだした。
「まぁ、別に何でも良いや。ここで良いでしょ」
「確かに」
何でも良い、何でも良いから早く横になりたい。
「じゃ、契約書ここにサインお願いします」
不動産屋さんが差し出したボールペンを受け取り、ため息をつきながら名前を書いた。
こうして私達は、『訳あり』な部屋に入居することになった。



