宿泊学習も無事に終わって、明日からはまたいつも通りの学校生活が始まる。
私は朝から鏡の前で、慣れない手つきで一生懸命ヘアアレンジに奮闘していた。今日は休日だからね。
たまにはちょっとイメージチェンジでもして、現世の女子中学生っぽくお洒落してみるのもありかな〜なんて思ったのが運の尽きだった。
いつもは低めの位置で二つに結んでいるだけの髪を少しアレンジしてみる。
ローテーブルの上に散乱するのは、百均で買った髪ゴムとリボンやシュシュなどの飾り物にスマホ。画面には『超簡単!ヘアアレンジ四選!』の動画。
その動画を頼りに、慣れないヘアアレンジをしていた。
(簡単って書いてたよね!?ねぇ!)
動画のお姉さんは『ひょいっ』と手軽そうにハーフアップを結んでいるのに、私が同じようにやると、なぜか鳥の巣のようにボサボサの『もしゃっ』とした塊が出来上がる。
「何でぇ!?何で言うこと聞いてくれないの?私の髪って、反抗期なのかなぁ……」
思わず持っていたブラシをベッドの上に放り投げた、その時。ガチャと音を立てて、勝手に部屋の扉が開いた。
「何朝っぱらから騒いでんの?うるさいよ?」
せっかくの休日の朝寝坊を邪魔された変成くんが、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔で嫌味を吐き捨てながら入ってくる。
「変成くん!?入ってくる時はノックしてよ!」
「秦がうるさいから起きただけ……」
変成くんはふら〜っと近付いてきて、机に散乱した物と私の頭を見た。
「何それ……巣?」
「努力の結晶だよ!」
「努力は見えるけど、結果が酷い」
「私は変成くんが酷いと思う……」
変成くんが頭を搔きながら動画を見て吹き出した。
「秦に簡単アレンジは難易度高いでしょ。まずは三つ編みの練習から始めたら?」
「ぐっ……言い返せないのが余計辛い」
変成くんもヘアアレンジができる訳じゃないので、とりあえずもうそろそろ来るであろう、しょーくんを待った。
しょーくんは少なくとも私達より手先が器用だから、何とかしてもらおう!
完全に他力本願になってしまっているが気にしない。
「何だ、その頭は」
しょーくんは私の絡まりまくった髪を見るなり、そう言った。
変成くんが隣で爆笑しながらこれまでの経緯を説明すると、しょーくんは深いため息をつきながら、ベッドからブラシを拾って私の後ろに立ってくれた。そして、頭皮が痛まないように一本一本、優しく丁寧に髪の毛をとかしてくれる。
(優しい!)
オムライスはリビングで変成くんとボールで遊んでる。
「そういえば宋は?」
「ああ、あいつなら出店するとかで珍しく早めに行ったぞ」
「え!?宋が!?あの変成くんとツートップで朝の弱いあの宋が!?」
「ああ」
「えー、珍しいこともあるんだね」
「それはそうと、秦。一体どういう風に結んだらこんな絡まるんだ」
「あはは……不器用って辛いね」
その後、綺麗なハーフアップをしてもらい、そろそろ出掛ける準備をする。
そう、今日は『地獄祭』(通称:じごさい)!本来、お祭りって言えば夏にあるイメージが強いんだけど、盂蘭盆以外のお祭りは結構その時々の主催者の気分次第によって時期がバラバラに決まる。
今のような中途半端な時期にすることもあるし、真冬に『雪合戦&みんなでお鍋をつつき合う会』を開催したことだってあるのだ。
用意を済ませ、家を出ようとした時、鞄のキーホルダーが傘立てに引っかかって前のめりに倒れ……
ガッ!
「〜〜〜っ!!」
ドアに思いっきり顔をぶつけた。
(今日の私の運勢……悪いみたい。星座占い最下位だったからかな?)
じごさいの会場となる黒縄地獄に向かう。
ずらっと並ぶ出店は、まだお昼前ということもあって準備段階のところが多かったので、私たちはひとまず宋が出店しているという『現世カフェ』に寄ることにした。
現世カフェというのは、宋が人道のバイト先で覚えたお洒落なカフェメニューを振る舞うというコンセプトの店で、現世に行ったことのない獄卒たちからは絶大な人気を誇っている。
「俺、アイスカフェラテね」
変成くんが長椅子に座り、注文をする。
「まだ準備なんだけど〜……まぁ、はい」
ブツブツと文句を言いながらも、宋は手際よく作ったカフェラテをカウンターに置いた。
「今年は出店したんだ。暇なの?……このラテまず」
「まぁね。お金に余裕持ちたいじゃん」
「へー……。荒らしに行っていい?」
「まさか、ラテに醤油ぶち込んだのバレて……!?」
宋がハッと息をのんだ瞬間、物凄いスピードと正確無比なコントロールで、変成くんがグラスを宋の顔面目掛けてぶん投げた。
「ぐえ……」
パコォン!と見事な風切り音を立ててグラスが額に直撃し、宋は白目を剥いてカウンターに突っ伏した。
***
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、気づけば辺りは夕暮れから夜へと移り変わっていた。
赤い提灯がずらりと並ぶ、黒縄地獄の参道。
あちこちの屋台から立ち上る香ばしい煙とソースの匂いが、祭りの熱気を帯びた夜風に混ざって心地よく漂っている。
私はウキウキしながら、ライトアップされた出店の間を歩く。
看板には『亡者焼き』『血の池亡者釣り』など、どう見ても物騒な名前が並んでいる。
まぁ、『死んでもまたすぐ生き返るし、体の一部さえ残ってたら大丈夫でしょ』というスタンスだろう。
午前中からお昼にかけてはずっと宋のカフェに居座ってしまっていたけれど、ちゃんと売上に貢献するためにパスタやジュースをたくさん注文したから、宋も許してくれるだろう。うん。
とりあえず、今回のお目当てである亡者焼きに向かう。
現世での焼き鳥みたいな扱いで、老若男女問わず人気でタレや塩、ネギマなど種類も豊富。
「おっちゃん!タレと塩を二本ずつちょうだい!」
「あいよー!」
威勢の良い声と共に、香ばしい煙がふわりと鼻先をくすぐった。
目の前で焼かれている亡者焼きは、じゅうじゅうと音を立てながら脂を落としている。
「見てるだけで美味しそう……!」
思わず手を合わせてしまう。
手渡された串を手に近くの長椅子に腰掛け、熱々のままふうふうと息を吹きかけて一口齧る。
現世のスイーツも美味しいけれど、やっぱり地獄のご飯も期待を裏切らない。
「ん〜!タレの香ばしさが最高!ご飯が欲しくなるなぁ」
大満足でモグモグと串を頬張っていると、ふと、近くの草木の間から小さな声が聞こえた。
「おーい、おーい」
木々の間から、頭に小さな角を生やした鬼の男の子が顔を出した。
「……なんだよ。ここにもいないのか」
「どうしたの?誰か探しているの?」
「あ、人がいた!」
男の子は私に気づくなり、こっちへ近づいてくる。
「お姉ちゃん、おれの弟見なかった?おれと同じで藍色の着物を着ているんだけど……」
「ううん、見てないよ」
「そっか……」
しょんぼりする男の子。
「はぐれたの?」
男の子はこくこくと頷く。
「うん……。喧嘩したら、あいつ走っていなくなっちゃったんだ」
「そうなんだ……」
これだけ大混雑しているじごさいだ。一回はぐれてしまったら、小さな子供の足で自力で見つけるのは至難の業だろう。
男の子は小さな拳をぎゅっと握りしめ、大きな目に涙をいっぱいに滲ませている。
「よしっ」
私は串をゴミ箱に捨て、立ち上がった。
「じゃあ、お姉ちゃんも一緒に探そっか?」
「えっ……良いの!?」
「もちろん!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
私は男の子に向かって手を差し出す。男の子は満面の笑みを浮かべて手を握った。
***
男の子と手を繋ぎ、賑やかな表通りを歩き回るけれど、なかなか藍色の着物は見当たらない。
「ここには、いないね……」
(早く見つけてあげたいんだけど……)
弟くんを探して歩くのは良いけど……全く見つからない!
どうしよう……このまま見つからなかったら。
「何してんの?」
背後から、モグモグと口を動かしながら呆れたような声がした。振り返ると、串に刺さった地獄コロッケを片手に持った変成くんが人混みからひょっこり現れた。
「うわっ!」
「うわって……そんな驚くことじゃないでしょ」
変成くんは私と手を繋いでる男の子に気づき、私を見た。
「迷子?」
「うん。弟くんとはぐれたみたいで……」
「ふーん……」
変成くんはコロッケを片手に、じろりと男の子を見つめた。
「弟ねぇ……この人混みじゃ、そりゃ見つかんないよ」
変成くんは肩をすくめ、辺りを見回した。
「弟の特徴は?」
男の子はぴんと背筋を伸ばして答える。
「おれと同じ藍色の着物で、角が少し短いんだ。それと、髪が……これよりちょっと明るい!」
男の子は自分の髪を指差した。
「俺も探すよ。人手が多いほど見つかるのも早くなると思うし……」
「本当!?」
変成くんも一緒に探すことになった。
「弟と喧嘩ねぇ……まぁ、見つからなかったら迷子アナウンスしてもらえば良いよ」
「あ!」
不意に男の子が声を上げて立ち止まった。
「きれーな風車……」
「本当だね。色んな色がある!」
そこは、色とりどりの風車が並ぶ民芸品の屋台があった。赤、青、黄色、紫、様々な鮮やかな色で彩られた風車が、夜風に吹かれてカラカラ、カラカラと心地よい音を立てて回っている。
「欲しいの?」
私が覗き込むと、男の子は優しく首を振った。
「……ううん。弟に悪いからさ」
そう言いながらも、男の子の視線は未練たらたらで風車に釘付けになっている。
「ちょっと待ってて」
変成くんが屋台の店主に近づき、懐から小銭を払って、特に綺麗に回っている風車を二本、ひょいと受け取ってきた。そして、男の子の目の前に差し出す。
「弟を見つけたら渡すと良いよ。仲直りの口実にもなると思うし」
「……ありがとう!」
二人の様子が微笑ましくて、思わず頬が緩む。
「良かったね、きっと喜ぶよ!」
「うん!」
男の子は大事そうに風車を帯に差した。
しばらく三人で歩きながら探し続けていると……
「あ!あっちから弟の声が聞こえてくる!」
男の子は繋いでいた手をパッと離し、道の向こう側に走っていく。
「あ、見つかったみたいだね」
遠くの方で、二人の男の子が抱き合うようにして、先ほどの風車を嬉しそうに掲げているのが見えた。男の子はこちらを振り返り、ちぎれんばかりに大きく手を振った。
「お姉ちゃんとお兄ちゃん、本当にありがとう!」
「気をつけてね〜」
無事に解決して、胸を撫で下ろす。さて、ここからは再び変成くんと二人での屋台巡りだ。
「……で、そのくじ券はどうするの?」
変成くんが、私の手元を指差して聞いてくる。
「もちろん!やる!」
お祭りの屋台でお買い物をすると、短冊のような千代紙の色紙が貰えるシステムなのだ。それを五枚集めると、中央特設ステージのくじ引き券一枚と交換してもらえる。
今回の景品はなんと『お肉三キロ』や、現世の『温泉旅行券』などの超豪華ラインナップ!
「……っと、ここだね!」
私達は『地獄くじ引き堂』と書かれた屋台の前に立った。
そこには、色紙をくじ券に交換しようとする人達の長蛇の列が。
(やっぱりみんな、考えることは一緒か……)
もう少し早く来てれば良かったと少し後悔した。
私は朝から鏡の前で、慣れない手つきで一生懸命ヘアアレンジに奮闘していた。今日は休日だからね。
たまにはちょっとイメージチェンジでもして、現世の女子中学生っぽくお洒落してみるのもありかな〜なんて思ったのが運の尽きだった。
いつもは低めの位置で二つに結んでいるだけの髪を少しアレンジしてみる。
ローテーブルの上に散乱するのは、百均で買った髪ゴムとリボンやシュシュなどの飾り物にスマホ。画面には『超簡単!ヘアアレンジ四選!』の動画。
その動画を頼りに、慣れないヘアアレンジをしていた。
(簡単って書いてたよね!?ねぇ!)
動画のお姉さんは『ひょいっ』と手軽そうにハーフアップを結んでいるのに、私が同じようにやると、なぜか鳥の巣のようにボサボサの『もしゃっ』とした塊が出来上がる。
「何でぇ!?何で言うこと聞いてくれないの?私の髪って、反抗期なのかなぁ……」
思わず持っていたブラシをベッドの上に放り投げた、その時。ガチャと音を立てて、勝手に部屋の扉が開いた。
「何朝っぱらから騒いでんの?うるさいよ?」
せっかくの休日の朝寝坊を邪魔された変成くんが、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔で嫌味を吐き捨てながら入ってくる。
「変成くん!?入ってくる時はノックしてよ!」
「秦がうるさいから起きただけ……」
変成くんはふら〜っと近付いてきて、机に散乱した物と私の頭を見た。
「何それ……巣?」
「努力の結晶だよ!」
「努力は見えるけど、結果が酷い」
「私は変成くんが酷いと思う……」
変成くんが頭を搔きながら動画を見て吹き出した。
「秦に簡単アレンジは難易度高いでしょ。まずは三つ編みの練習から始めたら?」
「ぐっ……言い返せないのが余計辛い」
変成くんもヘアアレンジができる訳じゃないので、とりあえずもうそろそろ来るであろう、しょーくんを待った。
しょーくんは少なくとも私達より手先が器用だから、何とかしてもらおう!
完全に他力本願になってしまっているが気にしない。
「何だ、その頭は」
しょーくんは私の絡まりまくった髪を見るなり、そう言った。
変成くんが隣で爆笑しながらこれまでの経緯を説明すると、しょーくんは深いため息をつきながら、ベッドからブラシを拾って私の後ろに立ってくれた。そして、頭皮が痛まないように一本一本、優しく丁寧に髪の毛をとかしてくれる。
(優しい!)
オムライスはリビングで変成くんとボールで遊んでる。
「そういえば宋は?」
「ああ、あいつなら出店するとかで珍しく早めに行ったぞ」
「え!?宋が!?あの変成くんとツートップで朝の弱いあの宋が!?」
「ああ」
「えー、珍しいこともあるんだね」
「それはそうと、秦。一体どういう風に結んだらこんな絡まるんだ」
「あはは……不器用って辛いね」
その後、綺麗なハーフアップをしてもらい、そろそろ出掛ける準備をする。
そう、今日は『地獄祭』(通称:じごさい)!本来、お祭りって言えば夏にあるイメージが強いんだけど、盂蘭盆以外のお祭りは結構その時々の主催者の気分次第によって時期がバラバラに決まる。
今のような中途半端な時期にすることもあるし、真冬に『雪合戦&みんなでお鍋をつつき合う会』を開催したことだってあるのだ。
用意を済ませ、家を出ようとした時、鞄のキーホルダーが傘立てに引っかかって前のめりに倒れ……
ガッ!
「〜〜〜っ!!」
ドアに思いっきり顔をぶつけた。
(今日の私の運勢……悪いみたい。星座占い最下位だったからかな?)
じごさいの会場となる黒縄地獄に向かう。
ずらっと並ぶ出店は、まだお昼前ということもあって準備段階のところが多かったので、私たちはひとまず宋が出店しているという『現世カフェ』に寄ることにした。
現世カフェというのは、宋が人道のバイト先で覚えたお洒落なカフェメニューを振る舞うというコンセプトの店で、現世に行ったことのない獄卒たちからは絶大な人気を誇っている。
「俺、アイスカフェラテね」
変成くんが長椅子に座り、注文をする。
「まだ準備なんだけど〜……まぁ、はい」
ブツブツと文句を言いながらも、宋は手際よく作ったカフェラテをカウンターに置いた。
「今年は出店したんだ。暇なの?……このラテまず」
「まぁね。お金に余裕持ちたいじゃん」
「へー……。荒らしに行っていい?」
「まさか、ラテに醤油ぶち込んだのバレて……!?」
宋がハッと息をのんだ瞬間、物凄いスピードと正確無比なコントロールで、変成くんがグラスを宋の顔面目掛けてぶん投げた。
「ぐえ……」
パコォン!と見事な風切り音を立ててグラスが額に直撃し、宋は白目を剥いてカウンターに突っ伏した。
***
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、気づけば辺りは夕暮れから夜へと移り変わっていた。
赤い提灯がずらりと並ぶ、黒縄地獄の参道。
あちこちの屋台から立ち上る香ばしい煙とソースの匂いが、祭りの熱気を帯びた夜風に混ざって心地よく漂っている。
私はウキウキしながら、ライトアップされた出店の間を歩く。
看板には『亡者焼き』『血の池亡者釣り』など、どう見ても物騒な名前が並んでいる。
まぁ、『死んでもまたすぐ生き返るし、体の一部さえ残ってたら大丈夫でしょ』というスタンスだろう。
午前中からお昼にかけてはずっと宋のカフェに居座ってしまっていたけれど、ちゃんと売上に貢献するためにパスタやジュースをたくさん注文したから、宋も許してくれるだろう。うん。
とりあえず、今回のお目当てである亡者焼きに向かう。
現世での焼き鳥みたいな扱いで、老若男女問わず人気でタレや塩、ネギマなど種類も豊富。
「おっちゃん!タレと塩を二本ずつちょうだい!」
「あいよー!」
威勢の良い声と共に、香ばしい煙がふわりと鼻先をくすぐった。
目の前で焼かれている亡者焼きは、じゅうじゅうと音を立てながら脂を落としている。
「見てるだけで美味しそう……!」
思わず手を合わせてしまう。
手渡された串を手に近くの長椅子に腰掛け、熱々のままふうふうと息を吹きかけて一口齧る。
現世のスイーツも美味しいけれど、やっぱり地獄のご飯も期待を裏切らない。
「ん〜!タレの香ばしさが最高!ご飯が欲しくなるなぁ」
大満足でモグモグと串を頬張っていると、ふと、近くの草木の間から小さな声が聞こえた。
「おーい、おーい」
木々の間から、頭に小さな角を生やした鬼の男の子が顔を出した。
「……なんだよ。ここにもいないのか」
「どうしたの?誰か探しているの?」
「あ、人がいた!」
男の子は私に気づくなり、こっちへ近づいてくる。
「お姉ちゃん、おれの弟見なかった?おれと同じで藍色の着物を着ているんだけど……」
「ううん、見てないよ」
「そっか……」
しょんぼりする男の子。
「はぐれたの?」
男の子はこくこくと頷く。
「うん……。喧嘩したら、あいつ走っていなくなっちゃったんだ」
「そうなんだ……」
これだけ大混雑しているじごさいだ。一回はぐれてしまったら、小さな子供の足で自力で見つけるのは至難の業だろう。
男の子は小さな拳をぎゅっと握りしめ、大きな目に涙をいっぱいに滲ませている。
「よしっ」
私は串をゴミ箱に捨て、立ち上がった。
「じゃあ、お姉ちゃんも一緒に探そっか?」
「えっ……良いの!?」
「もちろん!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
私は男の子に向かって手を差し出す。男の子は満面の笑みを浮かべて手を握った。
***
男の子と手を繋ぎ、賑やかな表通りを歩き回るけれど、なかなか藍色の着物は見当たらない。
「ここには、いないね……」
(早く見つけてあげたいんだけど……)
弟くんを探して歩くのは良いけど……全く見つからない!
どうしよう……このまま見つからなかったら。
「何してんの?」
背後から、モグモグと口を動かしながら呆れたような声がした。振り返ると、串に刺さった地獄コロッケを片手に持った変成くんが人混みからひょっこり現れた。
「うわっ!」
「うわって……そんな驚くことじゃないでしょ」
変成くんは私と手を繋いでる男の子に気づき、私を見た。
「迷子?」
「うん。弟くんとはぐれたみたいで……」
「ふーん……」
変成くんはコロッケを片手に、じろりと男の子を見つめた。
「弟ねぇ……この人混みじゃ、そりゃ見つかんないよ」
変成くんは肩をすくめ、辺りを見回した。
「弟の特徴は?」
男の子はぴんと背筋を伸ばして答える。
「おれと同じ藍色の着物で、角が少し短いんだ。それと、髪が……これよりちょっと明るい!」
男の子は自分の髪を指差した。
「俺も探すよ。人手が多いほど見つかるのも早くなると思うし……」
「本当!?」
変成くんも一緒に探すことになった。
「弟と喧嘩ねぇ……まぁ、見つからなかったら迷子アナウンスしてもらえば良いよ」
「あ!」
不意に男の子が声を上げて立ち止まった。
「きれーな風車……」
「本当だね。色んな色がある!」
そこは、色とりどりの風車が並ぶ民芸品の屋台があった。赤、青、黄色、紫、様々な鮮やかな色で彩られた風車が、夜風に吹かれてカラカラ、カラカラと心地よい音を立てて回っている。
「欲しいの?」
私が覗き込むと、男の子は優しく首を振った。
「……ううん。弟に悪いからさ」
そう言いながらも、男の子の視線は未練たらたらで風車に釘付けになっている。
「ちょっと待ってて」
変成くんが屋台の店主に近づき、懐から小銭を払って、特に綺麗に回っている風車を二本、ひょいと受け取ってきた。そして、男の子の目の前に差し出す。
「弟を見つけたら渡すと良いよ。仲直りの口実にもなると思うし」
「……ありがとう!」
二人の様子が微笑ましくて、思わず頬が緩む。
「良かったね、きっと喜ぶよ!」
「うん!」
男の子は大事そうに風車を帯に差した。
しばらく三人で歩きながら探し続けていると……
「あ!あっちから弟の声が聞こえてくる!」
男の子は繋いでいた手をパッと離し、道の向こう側に走っていく。
「あ、見つかったみたいだね」
遠くの方で、二人の男の子が抱き合うようにして、先ほどの風車を嬉しそうに掲げているのが見えた。男の子はこちらを振り返り、ちぎれんばかりに大きく手を振った。
「お姉ちゃんとお兄ちゃん、本当にありがとう!」
「気をつけてね〜」
無事に解決して、胸を撫で下ろす。さて、ここからは再び変成くんと二人での屋台巡りだ。
「……で、そのくじ券はどうするの?」
変成くんが、私の手元を指差して聞いてくる。
「もちろん!やる!」
お祭りの屋台でお買い物をすると、短冊のような千代紙の色紙が貰えるシステムなのだ。それを五枚集めると、中央特設ステージのくじ引き券一枚と交換してもらえる。
今回の景品はなんと『お肉三キロ』や、現世の『温泉旅行券』などの超豪華ラインナップ!
「……っと、ここだね!」
私達は『地獄くじ引き堂』と書かれた屋台の前に立った。
そこには、色紙をくじ券に交換しようとする人達の長蛇の列が。
(やっぱりみんな、考えることは一緒か……)
もう少し早く来てれば良かったと少し後悔した。



