亡者逃走中 in 現世

『菊山線立てこもり事件から一週間、犯人は未だ行方不明です。目撃者によると、まるでマジックのように姿を消したとか……教授、この不可解な現象について、どう思いますか?』
リビングのテレビ画面では、神妙な面持ちのニュースキャスターが、犯罪心理学専門の大学教授へとマイクを向けていた。
画面に映し出された専門家は、ピクリとも表情を変えずに冷淡に一言、こう言い放った。
『知らね』
「結構(おおやけ)になっちゃったね」
「そりゃあんだけド派手に暴れればね」
カフェラテを片手にテレビを見上げていた変成くんが、やれやれと言いたげに頬杖をつく。
ソファに深く腰掛け、完全に我が家のようにくつろいでいる彼の姿を見て、この部屋の本来の主が青筋を立てた。
「そんなことよりも……何故貴様らはあたかも自分の家のようにくつろいでいるんだ!」
しょーくんはリビングでダラダラしている私と変成くんと宋をジロリと睨みつける。
「オレ、三ヶ月分の家賃滞納して大家にブチギレられたから、一旦避難してるんだよ〜」
​うつ伏せになってお気に入りの漫画のページをめくりながら、宋はひらひらと軽い調子で手を振った。
「うわ……」
「家賃滞納は地獄行きだぞ」
「違うよー。今月の分のバイトの給料入ったらちゃんと払おうと思ってたんだよ〜」
「なら先月と先々月の給料入った段階で払えよ」
変成くんのドストレートな正論が飛ぶ。
「いやいや、そう言ってるけどね変成くん。大家がめっちゃ怖いんだよ!殺しにかかってくる!」
「あっそ」
「っていうか、しょーくんと宋はバイトしているんだね」
私が感心半分で問いかけると、しょーくんはフンと鼻を鳴らした。
「現世に滞在するのも資金が必要だからな。お前ら潜入捜査組と違ってこっちは資金援助はしてもらってないし、冥府での金は使えん。それに、オムライスの費用もかかる」
そう言って、しょーくんが嬉しそうに撫でまわしているのは、一匹の小さくて愛らしい豆柴。
名前は――オムライス。
「相変わらず、ネーミングセンスが……」
「オムライスは可愛いだろ」
何故飼っているのかと言うと、かなり昔、事故で死んで冥府で彷徨っていたオムライスを拾ったんだって。本当にしょーくんは、ツンツンしている割に動物に好かれやすいし、動物が大好きなのだ。
オムライスは尻尾をぶんぶん振りながら「ワン」と鳴く。
……多分、自分の名前が褒められたと思っている。
「オムライスは優秀だ。逃げた亡者の周りを走り回って静止させて審判しやすくしてくれるしな」
「とどのつまり、忠犬って訳ね」
変成くんは食べていたチョコクッキーの手を止め、オムライスの顎の下を人差し指でくすぐった。
しょーくんが立ち上がったかと思えば、棚の引き出しから手慣れた様子で犬用のおやつを取り出し、オムライスの口元へ運ぶ。
「よしよし……良い子良い子」
さっきまでの険しい表情はどこへやら、しょーくんは仏のような穏やかな笑みを浮かべながら、オムライスの頭を何度も優しく撫でる。
オムライスは尻尾をパタパタと床に打ち付け、口の端にクッキーの欠片を付けたまま、満足そうにキラキラした瞳で主人を見上げていた。
そう、しょーくんはオムライスを溺愛しているのだ!
地獄ではいつも一緒だし、寝る時も必ず一緒に寝るし。お給料の三分の一はオムライスの食事やおもちゃに消えるらしいし。
それから、私達四人で他愛のない雑談を続けていると――急にテレビの画面がザザッ、ザザザッと激しく砂嵐を起こした。
故障かと思った次の瞬間、パッと画面が切り替わる。
「ご談笑中のところ失礼!」
画面に映っていたのは、玉座に座りながらキセルを持っている閻魔の姿。
「「「閻魔!」」」
「閻ちゃんいるじゃーん!どったの?」
宋がクッキーを持った手を、テレビ画面に向かって陽気に振り返す。
「いやぁ、君達が心配でこうしてちょくちょく様子見しているんだよ。君達が着々と亡者を裁いてくれて助かってるよ」
「そう思うなら、アンタも現世に来て手伝えよ」
​変成くんがラテをすすりながら言い放つ。
「頼むよ!僕偉いから冥府から離れられないしさー」
画面の向こうで、全く反省する気ゼロの軽いトーンでウインクして見せる閻魔。
「こんな大人になりたくない……」
「それな」
「反面教師だな」
「同じくー」
「画面越しだからって、なかなか直球で心に刺さる言葉を投げてくるね!?」
​​閻魔は「えーんえーん、みんなが冷たいよぉ」と、着物の広い袖で大袈裟に顔を覆って嘘泣きを始めた。
大人の嘘泣きは、見ていてなかなかキツイものがある。
「で、何の用?」
変成くんは明らかに嫌そうな顔をしながら、冷ややかな視線で画面の閻魔を睨み据えた。その威圧感に気圧されたのか、閻魔はぴたりと嘘泣きをやめ、真面目な顔をしてキセルを机に置いた。
「実はここ最近、厄介な亡者の目撃情報があったらしくてね。それを追っていた都市王(としおう)が裏取りしている最中、忽然と姿を消したらしい」
「十王から逃げ切れるなんて、あり得ないだろ」
変成くんの声が低くなった。先ほどまでの軽口が嘘のように、空気が一変する。
「そう。本来ならあり得ないことが起きているんだよ。……つまり、現世に干渉しているのは、ただの亡者じゃない」
閻魔はキセルを指先で弄びながら、意味深に目を細めた。
「え、ちょっと待って。都市くんが行方不明って……かなりヤバくない?」
私が思わず声を上げると、宋くんが深刻そうに肩をすくめた。
「ヤバいよね〜」
「大事件だろ」
しょーくんは軽くため息をつき、膝の上のオムライスを抱きかかえながら、険しい思案顔を作る。
「つまり、我々が現世で裁いている亡者は……誰かの手によって送り込まれている可能性がある……ということで良いな?」
​閻魔は画面の向こうで、満足そうに深く頷いた。
「その通り。君達十王にはこれから『都市王奪還任務』をお願いしたい。大丈夫、後で他の十王にも連絡しとくね☆」
「いやいやいや、いきなり重すぎない!?」
宋が両手を振る。
「任務って付けたら何でも良しってなる考えやめようよ」
「秦広王、初江王、宋帝王、変成王。必ずや、十王の名にかけて連れ戻して来てくれ。ついでに亡者を裁きながらお願いね」
「アンタも十王の一人だろ」
「お願い!今回の件に協力してくれたら、現世での活動資金をたっぷり援助するから! ね!?」
「よし、都市くんを探そう!今すぐ行こう」
​​『資金援助』という、この上なく輝かしい魔法の言葉を聞いた瞬間、一秒の迷いもなく手のひらを綺麗に返して立ち上がったのは、他でもない宋だった。
そういえばこの人、三ヶ月分の家賃を滞納して大家さんに物理的に命の危機に瀕しているんだったね……。
​しょーくんは呆れ顔のまま、静かに口を開いた。
「いずれにしても、今は情報が少なすぎる。何か掴めたら報連相を忘れずに。とりあえず私達はいつも通り亡者を裁いておく」
「「「分かった」」」
しょーくんの言葉に、私達はしっかりと頷いた。