亡者逃走中in現世

「起きろよー」
切実に問いたい。
朝起きると、家族でも何でもない男友達が至近距離で自分の部屋にいた時、人間は一体どういう対処法を取るのが正解なのだろうか。
選択肢A、とりあえず殴る。
選択肢B、近所迷惑を(かえり)みず悲鳴を上げる。
選択肢C、寝起きの頭で顔面に見惚れる。
とりあえず私は夢の中だろうと判断し、目を閉じた。
あー、今日の朝ご飯は焼き魚が良いなぁ。
しかし、目の前の男はそんなささやかな抵抗すら見逃してくれないらしい。
「……十秒以内に起きないと等活地獄(とうかつじごく)()とすよ」
ガバッと布団から飛び起きた。
畳の上に眠そうにあぐらをかきながら座っているのは、十王仲間の変成王(へんじょうおう)
彫刻のように整った顔立ちでいつも爽やかな笑顔を浮かべながら、えげつない威力で物理攻撃を叩き込んでくるため、一部の獄卒からは『爽やかサイコパス』なんて(ささや)かれている。
私―――秦広王(しんこうおう)は十王の一人。
生まれ育ったのは『冥府』と呼ばれる場所。
そして私達十王は、生前の行いによって亡者(もうじゃ)を裁く10人の冥府の王。……なんだけど。
十王の長であり、冥府の総支配人である閻魔大王は、ぶっちゃけポンコツすぎて笑えない。
人道には『嘘をつくと閻魔大王に舌を抜かれる』という恐ろしい迷信があるらしいが、現場を知る身内からすれば全然そんなことはない。
昔、閻魔がちょっと格好つけて厳しく亡者を裁こうとしたら、亡者達による大ブーイングと大暴動が起き、メンタルをやられた閻魔が三日三晩寝込んだ。
……地獄の王の威厳(いげん)って何だっけ?
(あ、元からなかったわ……)
「おはよう」なんて言う余裕はない。布団を蹴飛ばしたまま私は仰向けにのけ反り、目の前の変成くんを凝視した。
「脅されて起きるの、目覚めが悪いからやめてよ!」
「起きないからでしょ。あと、もうお昼ね」
にこやかな笑みでとんでもないこと言ったぞ、おい。
しかも否定できないのが腹立つ。
とりあえず「着替えるから出てって!」と変成くんを部屋から追い出し、のそのそと身支度を始めながら息を吐く。
時計を見ると、もうすぐお昼だ。確か午後から閻魔に呼び出されていたっけ。
「正直気乗りしないんだよね〜」
今まで、あの手の呼び出しでまともな用事だった試しがない。
『仕事めんどい、ぴえん』とか。
『仕事多すぎ、ぴえん』とか……。
……挙げだしたらキリがない。
***
「秦広王、来てくれたんだね!」
「……」
―――嫌な予感しかしない。
えーっと、縄でぎゅうぎゅうに縛られ、土下座させられているのは……閻魔だよね?
「え、何してんの......?」
​呆れ果てて声をかけると、閻魔は縄で縛られたまま、いじいじと上目遣いでこちらを見てきた。
「いやぁね〜、地獄の扉を開けっ放しにしながら寝ていたら亡者達、逃げちゃった☆……それで反省してます」
すると、私の後ろから現れた十王の面々が、閻魔庁の倉庫から発掘してきたであろう業務用の特大バーベキューコンロや木炭、トングを持ってゾロゾロと集まってきた。みんな目がガチだ。
「秦!今日はバーベキューだよ〜」
「え、僕、焼かれる?」
「炭火焼きが良いですか?それともじっくりウェルダンで燻製(くんせい)にしますか?」
「あーん、めっちゃキレてるー」
縄で縛られたまま、床をごろごろと転がって逃げようとする閻魔。
それを囲みながら、「おめーら今日の昼飯は肉だー!」「火ィ起こせー!」と、むしろ楽しそうにはしゃぎ始める十王と獄卒達。
……うん。
これはもう、止めるだけ無駄かな。
(よーし、焼肉のタレ買ってこよーっと!)