冬の花火、上げます。――無口な瑞生と男子たちのメリークリスマス

第1話 校舎裏、スコップ禁止 
 
 十二月上旬。昼休みの鐘が鳴っても、白月中学校の校舎裏は、教室みたいに暖かくならない。新校舎の窓からこぼれる給食の匂いが、冬の風に押し流されて、雑木林のほうへ薄く消えていく。
 吐く息が、瑞生の前髪の先に触れてすぐ消えた。足元の土は昼なのに固く、上履きのゴム底が小さくきゅっと鳴る。芽郁はポケットの中で指を丸め直した。軍手を出すほどじゃない、でも素手だと落ち着かない――そんな寒さだ。

 校舎のチャイムの残響が、木の幹に当たって返ってくる気がした。悟真の声はその中でいちばん先に跳ねる。芽郁は追いかけるみたいに視線だけ動かし、口は閉じた。口を開けば、寒さより先に余計な言葉が出そうだった。

 「近道、近道」
 悟真が、上履きのまま落ち葉だらけの細道へ突っ込んだ。言い終える前に、足がすべった。
 「はい、転び芸はゼロ点」
 後ろから啓恭が、わざとらしく手を叩く。悟真は転びかけた姿勢のまま、なんとか踏ん張って、腕をぶんぶん振った。
 「転んでない! ギリギリ!」
 「ギリギリは転んだうちだろ」
 「お前の基準が厳しすぎる!」
 言い合いが始まるのを横目に、芽郁は肩をすくめた。
 「近道って、だいたい泥なんだよね」
 面倒そうに言いながらも、悟真がまたふらついた瞬間、芽郁の手は勝手に伸びていた。コートの袖が悟真の腕をつかみ、転倒だけは止める。
 「ありがと!」
 悟真が笑う。芽郁は視線をそらして、つかんだ手を離した。
 「……別に。転ばれたら土つくから」
 瑞生は、そのやり取りを見ているようで見ていない。代わりに、手にしたノートの端を、指で一度ならした。白い紙の角が、寒さで少し固い。
 四人が通り抜けようとしたとき、道の途中で、落ち葉が不自然に盛り上がっている場所があった。悟真が先に気づいて、しゃがみこんだ。
 「ここ、なんか……硬い」
 啓恭が覗き込み、口元をにやりと上げる。
 「お宝の匂いがする」
 「お宝って、昼休みに?」
 芽郁が眉をひそめる。
 「昼休みだからだろ。誰もいない」
 啓恭は、どこから持ってきたのか分からない小さな園芸スコップを、ポケットから引っこ抜いた。金属が冬の光を反射して、いやに目立つ。
 「それ、どっから……」
 芽郁が言いかけると、啓恭は平然と胸を張った。
 「家庭科室の掃除当番がさ。『落ち葉集めに便利』って」
 「借りた、の間違いだろ」
 悟真が突っ込み、芽郁が「返してよ」と小声で続ける。
 瑞生は無言で、ポケットから薄手の手袋を取り出した。指先を一つずつ入れて、手首のところを軽く引き、フィットさせる。その動きに、無駄がない。
 「掘るなら、早く」
 瑞生の声は、雪の上に置いた小石みたいに淡い。
 啓恭が「はいはい」と言いながら、落ち葉をどける。土の匂いが、冷気と一緒に鼻に来た。
 スコップの先が、カン、と鈍い音を立てた。
 「当たった!」
 悟真が身を乗り出す。啓恭は勝ち誇ったようにもう一度叩いた。カン、カン。土の下に、硬い何か。
 瑞生がスコップを受け取り、同じ角度で、今度は音が鳴らないように掘り進めた。土を少しずつ払い、手袋越しに指で触れる。
 石の角が、落ち葉の下から顔を出した。
 「石?」
 芽郁が覗き込む。角は滑らかで、ただの石にしては、形が整いすぎている。
 「石碑っぽくない?」
 悟真が言うと、啓恭がすぐに乗った。
 「呪いの石だわ。触ったら毎日、宿題増えるやつ」
 「その呪い、先生だよ」
 芽郁が即座に返すと、啓恭は「ほら、もう呪われてる」と肩をすくめた。
 瑞生は石の側面を指でこすり、付いた土を落とす。そこに、浅い刻みが見えた。だが、全部は読めない。欠けたみたいに、途中だけ妙に平らで、削ったようにも見える。
 「文字……」
 悟真がライト代わりにスマホを出そうとした瞬間、瑞生が小さく首を振った。
 「光、目立つ」
 悟真は慌てて手を引っ込める。
 代わりに、啓恭が口で照らそうとしたのか、意味不明な擬音を言い始めた。
 「ピカーン……って、ね」
 芽郁が啓恭の額を指で押した。
 「うるさい。影で読むんだよ」
 芽郁は自分の体で風を遮り、瑞生が石に落とす影が濃くなるように立った。冬の光が斜めだから、刻みが少しだけ浮き上がる。
 読めたのは、ほんの断片だった。端に「月」のような形。別の場所に「火」のような線。さらに下に、「…げます」だけが残っている。
 「月、火、……上げます?」
 悟真が声を潜めて読む。
 啓恭が待ってましたとばかりに目を丸くした。
 「ほら! 言ったじゃん! 危ないやつ!」
 「誰も言ってない」
 芽郁が、啓恭の口に自分の手をかぶせようとして、直前で止めた。触れたら本当に騒ぐ。
 瑞生は、石碑の縁を持ち上げる位置を計算しているように、目だけ動かした。
 「引き抜く。悟真、見張り」
 「了解」
 悟真はすぐに立ち上がり、校舎側へ顔を向けた。足音ひとつしないか、耳まで使っている。
 啓恭は「先生来たら俺が止める」と言いながら、止め方の案が一つも浮かんでいない顔をしている。
 芽郁は小声で、嫌そうに言った。
 「やるなら、さっさと。昼休み終わるよ」
 瑞生は石碑の角を両手でつかみ、ゆっくりと揺らした。土が、ぎゅ、と音を立てて抵抗する。悟真が反対側を支え、芽郁は落ち葉をどける。啓恭は、なぜか胸の前で手を合わせていた。
 「……出ろ、出ろ、出ろ」
 「お願いが雑」
 芽郁が突っ込む。
 ぐい、と力を入れた瞬間、石碑が土から抜けた。
 土の塊がぼとりと落ち、冷たい匂いが濃くなる。
 同時に、校舎裏のコンクリの上で、コツ、コツ、と靴音が響いた。
 悟真の目が大きくなる。
 「先生……!」
 啓恭の肩が跳ねる。芽郁は「うそでしょ」と口だけ動かした。瑞生は、石碑を抱えたまま、声を出さない。
 靴音が近づく。落ち葉が風でこすれる音さえ、やけに大きい。
 瑞生は石碑をすぐ横の花壇の影に滑り込ませ、落ち葉を上からかぶせた。動作は速いのに、乱れない。次に、ノートを開き、ペン先を紙に置いた。
 「先生接近(危険度八)」
 書いた字は、妙に整っている。
 芽郁は思わず、その場でしゃがんだまま固まった。悟真は背筋を伸ばし、啓恭は笑顔を作ろうとして、頬が引きつった。
 角を曲がって、見回りの先生が姿を見せた。手に持った巡回表が、風に少し揺れる。
 「お前ら、そこで何してる」
 先生の声は低い。冬の空気より冷たい。
 悟真が、口を開くより先に、啓恭が一歩前に出た。
 「先生! 俺たち、落ち葉が……気になって!」
 「掃除当番でもないのに?」
 「はい! 心の当番です!」
 芽郁が、今度こそ啓恭の口を塞ぎたくなって、拳を握った。
 先生は啓恭の顔をじっと見て、ため息をついた。
 「……変なことしてないだろうな」
 瑞生が、ノートから目を上げずに答えた。
 「してません」
 嘘か本当か、先生には分からない。瑞生の声は、体温みたいに一定だ。
 先生は花壇のほうへ視線を向けかけて、しかし、風に舞う落ち葉が目に入ったのか、首を戻した。
 「分かった。昼休み終わるぞ。教室戻れ」
 「はーい!」
 啓恭が過剰に元気よく返事をし、先生はもう一度こちらを見てから、靴音を遠ざけていった。
 角を曲がって姿が消えた瞬間、四人は同時に息を吐いた。
 「心の当番って何」
 芽郁が、低い声で言う。
 啓恭は胸を張って、震えを笑いに変える。
 「先生の心を守っただろ?」
 悟真が笑いをこらえながら、花壇の影に手を伸ばした。
 「石碑、無事……」
 瑞生はノートを閉じ、石碑を抱え直す。土の冷たさが手袋越しに伝わってくるのに、瑞生の顔は変わらない。
 「持ってく。見つかったら、終わる」
 「終わるって、何が」
 啓恭が言いかけて、芽郁に睨まれて黙る。
 悟真が、うなずいた。
 「とりあえず、隠す場所。理科室の棚、空いてる」
 「理科室……」
 芽郁が嫌そうに言いながらも、石碑を落とさないように、瑞生の横に回って支える。口は文句、手は協力。
 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
 五人にならない四人が、石碑を抱えたまま校舎へ戻る。冷たい風が背中を押す。
 瑞生のノートには、さっき書いた危険度の下に、小さく一行が追加されていた。
 「発見(石碑、刻字あり)」
 その字面だけで、今日が少しだけ、普通の昼休みから外れたことが分かった。

【続】