野いちご源氏物語 五〇 東屋(あずまや)

浮舟(うきふね)(きみ)は恐ろしい夢から覚めたような心地で、汗をかいて()している。
乳母(めのと)(おうぎ)であおいでさしあげながら言った。
「こういう慣れないところでのご滞在は、あちこちに気を(つか)うだけでなく、何かあったときに困るものですね。(みや)様はきっとまたお越しになりましょう。なんと恐ろしい。どれほど(とうと)いご身分の方でも、あんなお振舞いをなさっては嫌になってしまいます。

宮様は中君(なかのきみ)夫君(おっとぎみ)でいらっしゃいますからね。姫様が異母姉君(あねぎみ)から(にく)まれるようなことがあってはいけません。それで私は、(おに)のような顔をして宮様をにらみつけておりました。宮様は私のことを野暮(やぼ)邪魔(じゃま)な女だとお思いになったのでしょう、この手をつねりなさったのですよ。尊いご身分の方がそこらの男と同じようなことをなさるので、おかしくなってしまいました。

今朝、お母君(ははぎみ)はお屋敷へ戻られましたが、お(とも)をした者が申すには、お継父君(ちちぎみ)がとんでもなくお怒りだったとか。『自分の連れ子ばかりを大切にして、私たちの娘を放りっぱなしにするとは何事(なにごと)だ。婿君(むこぎみ)が通ってきてくださっているのに、母親がいなくては格好がつかない』と大声で(しか)りつけなさったそうです。下働きの者までお母君にご同情していたと申しますよ。

それもこれもすべて少将(しょうしょう)様が原因です。あの方が姫様とのご結婚を破談(はだん)にして、下のお(じょう)さんなんかに乗りかえなさったから、ご家庭内がめちゃくちゃになってしまったのです。これまでときどき嫌なことはあっても、それなりにうまく回っていたではありませんか。あの一件さえなければ、姫様は今も(おだ)やかに暮らしておられたはずなのに」
少将様を(うら)んで(くや)しそうにしている。