野いちご源氏物語 五〇 東屋(あずまや)

「もうすぐ中君(なかのきみ)のお(ぐし)洗いが終わりますよ。お部屋へ戻られますから、早く集まってちょうだい」
という女房(にょうぼう)たちの声が聞こえる。
あちこちの窓を閉めてまわりながら、女房仲間に声をかけているみたい。
浮舟(うきふね)(きみ)がいるのは物置(ものおき)のように使われていた部屋で、中君のお部屋からは離れている。

右近(うこん)という女房がやって来て窓を閉めた。
途端にあたりが暗くなる。
「あら、こちらにはまだ(あか)りをお持ちしていなかったのですね。先に窓を閉めてしまったから真っ暗」
もう一度窓を開けようとする。
匂宮(におうのみや)様は、
<このままでは見つかってしまう。どうしようか>
と困りつつも、見つかったら見つかったでよいと思っていらっしゃる。

乳母(めのと)も一瞬うろたえたけれど、気の強い人なので、この女房に協力してもらおうと決めた。
「あの、ここにちょっと困ったことが起きておりまして、すみませんがお手伝いいただけませんか」
「どうなさったの」
右近が近寄っていくと、部屋にはよい香りが(ただよ)っていて、くつろいだ格好の男が浮舟の君にぴったりと寄り添っている。

<あぁ、宮様のいつもの悪いお(くせ)だ。よりによって面倒な相手を見つけてしまわれた。中君の異母妹君(いもうとぎみ)でいらっしゃるらしいのに>
右近はうんざりして言う。
「これは本当に困ったことですね。奥様にどうご報告したらよいものか。とにかくすぐに申し上げてまいりましょう」
さっそく中君のお部屋へ向かおうとするので、乳母も浮舟の君も、
大事(おおごと)になってしまう>
と気まずく思う。

そんななかで匂宮様だけは平気でいらっしゃる。
<驚くほど上品で美しい人だ。右近の様子からして、ただの女房ではないらしい>
いったい何者なのだろうと気になって、名乗るように何度もおっしゃる。
浮舟の君は死にそうなほどおびえながらも、ひたすらじっと()えている。
宮様は気の毒に思って優しくお(なぐさ)めになる。