自宅前で占部と別れ、俺は玄関を開けて家の中へ入り、クツをぬぐ。
「ただいまー。今日の昼飯何?」
リビングの戸を開けると母さんの返事より先に、エアコンの冷たい空気と、チャーハンのいいにおいがふわっと顔にあたった。
「お帰り、清正。ちょうどいいタイミングで帰ってきたね」
対面式キッチンに立つ母さんが、フライパンから皿へチャーハンを移しながら言う。
「ラーメンもこれから作るから、二階にいる刹を呼んできて」
「やった、ラーメンもあんの! 分かった、呼んでくる」
俺はリビングを飛び出し、一段飛ばしで階段を上がった。
俺の部屋の隣にある刹の部屋の前に立ち、ノックをするが、返事がない。
「刹ー、入るぞ」
ラーメンがのびたら嫌なので、俺は刹の部屋の戸を開けた。
ノックに反応しなかった刹は、ヘッドホンをつけ、勉強机に向かって座っていた。
真面目に勉強しているのか、それとも音楽に集中しているのか。
ちょっとしたイタズラ心から、俺は足音を忍ばせて近づき、机の上を後ろからそーっとのぞき込んで――
「!」
俺は思わずぎょっと目を見開いた。
机の上にあったのは教科書やノートなんかじゃなく、折れた鉛筆が一本入ったビニル袋。
明らかにもう使えないその鉛筆は、黒色の嫌なモヤをまとっており。
ええ、はい。どう見ても煩悩ゴミです。
単体で存在する分には害はないけど、こんな風に袋に入れて、家の机の上に置いとく物じゃねぇよ!
刹は何のためにこんな物を、家に持ちこんでるんだ?!
「刹、何だよこれ!」
俺が後ろから手をのばして素早くビニル袋をつかみ取ると、すごくおどろいたらしい刹が、イスからはねるように立ち上がってふり返った。
「にーちゃん!? それ持ってかないで!」
刹はヘッドホンを外すと、ビニル袋を取り戻そうとしてくる。
「断る! ていうか、何で煩悩ゴミなんかを袋に入れて、机の上に置いてんだよ?!」
俺は袋を背中の後ろへ回して隠し、サササッと三歩後ろへ下がる。
「そんなのボクの勝手だろ! 返して!」
必死な表情の刹が袋を取り戻そうと動くが、俺はそれをギリギリでかわして逃げる。
「返すわけないだろ!」
俺は言い返しながら、これからどう動けばよいかを考える。
ぶっちゃけ、俺は不利だ。
何故ならとてもくやしいことに、刹は俺より十センチくらい背が高いし、リーチも長い。
つまり俺が精一杯背伸びし、ビニル袋を持った手を上にあげても、刹は俺から袋をうばえてしまえるわけ。
「煩悩ゴミ同士を合体させなきゃ問題ないだろ!」
「それでもダメなものはダメ! キレピカ会のルールで決まってんの!」
せまい部屋の中を追いかけっこする中で、ようやく俺はとりあえずの解決方法を思いつく。
「こんなものはこうだ!――グッバイ!」
俺は勢いよく窓を開け、煩悩ゴミ入りビニル袋を庭へ向かって投げ捨てた。
「あー!」
刹が俺を押しのけ、窓から身を乗り出して叫ぶ。
「会の規則やぶったら破門だぞ。俺と一緒にボランティアできないぞ?」
「……規則守ってる今だって、できてないじゃん」
刹は悲しげな顔で窓を閉めると、そのまま窓に背を向けて体育座りした。
「刹がボランティア行く時声かけてくれたら、つきあうし」
俺も腰を落とし、刹と目線をあわせる。
「本当に?」
「約束する。――あんな物机の上に置いて、何してたんだ?」
「何だっていいでしょ……」
刹はうつ向き、ヒザ頭にひたいをつける。
俺がため息をついて立ち上がると、刹の勉強机が目に入った。
机の上にはヘッドホンと、ヘッドホンのジャックが刺さったままの刹のスマホがある。
スマホではまだ動画が再生中で――動画のタイトルが、『聞くだけで霊感を超絶高める音楽』なんですけど……。
「お前もしかして、煩悩ゴミを安定して識別できるようになるために、霊感上げようとしてたのか?」
うつ向いたままの刹の肩がビクッとはねる。
当たりかぁ。
となるとビニル袋の煩悩ゴミは、霊感がどれくらい上がったかの確認のために、使うつもりだったのか?
「ボクの霊感が上がって、常に煩悩ゴミが視えるようになれば、にーちゃんと一緒にボランティアできると思って……」
スンと鼻をすする刹の言葉に、俺は胸がキュッとなる。
刹が俺をしたってくれる気持ち、すごくうれしいけど……。
「刹が俺と一緒にボランティアしたいと思ってくれて、うれしい。でも霊感が上がるって、いいことじゃないからな」
煩悩ゴミモンスターは人間を襲って害をなすが、順番がある。
奴らは視えない人間より、視える霊感がある人間を優先して襲う。
このことを教えてくれたキレピカ会会長曰く、「煩悩モンスターの存在をおびやかす者を優先して排除すべき、と本能的に理解しているのだろう」とのこと。
だから、霊感なんてない方がいいのだ。
「それに、煩悩ゴミ拾いができるのは中学生以上と決まってる。刹の背が俺より高くて大人びていても、煩悩ゴミが常に視えても、刹はまだ小学生だから、一緒に神職チームで活動はできない。でも……ありがとうな」
体育座りでうつ向いている弟の頭を、俺は優しくなでる。
「ノアくんだけ、にーちゃんと一緒にボランティアできてズルい」
ようやく顔を上げた刹は唇をとがらせ、俺を見上げる。
「ノア以外に、テキトー先輩と占部もいるし」
「その二人もズルい!」
「俺、新しいスマホを買ってもらうためにやってるだけだから、三カ月たったらキレピカ会やめる予定だぞ?」
「三カ月だけでもズルいの!」
「ははっ、俺ってば愛されてんなぁ!――キレピカ会やめても、刹がボランティア行く時は、特別に俺も一緒に行くからさ」
「……約束だからね」
「ああ。――下おりて飯食おうぜ。チャーハンとラーメンだって」
とりあえず納得したらしい刹の手をつかみ、引っぱり上げて立たせる。
俺が部屋の戸を開けると、「二人とも早く下りてきなさーい!」と叫ぶ母さんの声が、ちょうど聞こえてきた。
「俺のナルトやるから、機嫌直せよ」
「別にもう怒ってないし。お腹空いたー」
ドタドタと足音やかましく、俺たちは階段を下りる。
飯食ったら、庭へ放り投げた煩悩ゴミを回収しなきゃな。
しっかし……今日まだ半分すぎたくらいなのに、面倒なイベント起こりすぎだろ!
「ただいまー。今日の昼飯何?」
リビングの戸を開けると母さんの返事より先に、エアコンの冷たい空気と、チャーハンのいいにおいがふわっと顔にあたった。
「お帰り、清正。ちょうどいいタイミングで帰ってきたね」
対面式キッチンに立つ母さんが、フライパンから皿へチャーハンを移しながら言う。
「ラーメンもこれから作るから、二階にいる刹を呼んできて」
「やった、ラーメンもあんの! 分かった、呼んでくる」
俺はリビングを飛び出し、一段飛ばしで階段を上がった。
俺の部屋の隣にある刹の部屋の前に立ち、ノックをするが、返事がない。
「刹ー、入るぞ」
ラーメンがのびたら嫌なので、俺は刹の部屋の戸を開けた。
ノックに反応しなかった刹は、ヘッドホンをつけ、勉強机に向かって座っていた。
真面目に勉強しているのか、それとも音楽に集中しているのか。
ちょっとしたイタズラ心から、俺は足音を忍ばせて近づき、机の上を後ろからそーっとのぞき込んで――
「!」
俺は思わずぎょっと目を見開いた。
机の上にあったのは教科書やノートなんかじゃなく、折れた鉛筆が一本入ったビニル袋。
明らかにもう使えないその鉛筆は、黒色の嫌なモヤをまとっており。
ええ、はい。どう見ても煩悩ゴミです。
単体で存在する分には害はないけど、こんな風に袋に入れて、家の机の上に置いとく物じゃねぇよ!
刹は何のためにこんな物を、家に持ちこんでるんだ?!
「刹、何だよこれ!」
俺が後ろから手をのばして素早くビニル袋をつかみ取ると、すごくおどろいたらしい刹が、イスからはねるように立ち上がってふり返った。
「にーちゃん!? それ持ってかないで!」
刹はヘッドホンを外すと、ビニル袋を取り戻そうとしてくる。
「断る! ていうか、何で煩悩ゴミなんかを袋に入れて、机の上に置いてんだよ?!」
俺は袋を背中の後ろへ回して隠し、サササッと三歩後ろへ下がる。
「そんなのボクの勝手だろ! 返して!」
必死な表情の刹が袋を取り戻そうと動くが、俺はそれをギリギリでかわして逃げる。
「返すわけないだろ!」
俺は言い返しながら、これからどう動けばよいかを考える。
ぶっちゃけ、俺は不利だ。
何故ならとてもくやしいことに、刹は俺より十センチくらい背が高いし、リーチも長い。
つまり俺が精一杯背伸びし、ビニル袋を持った手を上にあげても、刹は俺から袋をうばえてしまえるわけ。
「煩悩ゴミ同士を合体させなきゃ問題ないだろ!」
「それでもダメなものはダメ! キレピカ会のルールで決まってんの!」
せまい部屋の中を追いかけっこする中で、ようやく俺はとりあえずの解決方法を思いつく。
「こんなものはこうだ!――グッバイ!」
俺は勢いよく窓を開け、煩悩ゴミ入りビニル袋を庭へ向かって投げ捨てた。
「あー!」
刹が俺を押しのけ、窓から身を乗り出して叫ぶ。
「会の規則やぶったら破門だぞ。俺と一緒にボランティアできないぞ?」
「……規則守ってる今だって、できてないじゃん」
刹は悲しげな顔で窓を閉めると、そのまま窓に背を向けて体育座りした。
「刹がボランティア行く時声かけてくれたら、つきあうし」
俺も腰を落とし、刹と目線をあわせる。
「本当に?」
「約束する。――あんな物机の上に置いて、何してたんだ?」
「何だっていいでしょ……」
刹はうつ向き、ヒザ頭にひたいをつける。
俺がため息をついて立ち上がると、刹の勉強机が目に入った。
机の上にはヘッドホンと、ヘッドホンのジャックが刺さったままの刹のスマホがある。
スマホではまだ動画が再生中で――動画のタイトルが、『聞くだけで霊感を超絶高める音楽』なんですけど……。
「お前もしかして、煩悩ゴミを安定して識別できるようになるために、霊感上げようとしてたのか?」
うつ向いたままの刹の肩がビクッとはねる。
当たりかぁ。
となるとビニル袋の煩悩ゴミは、霊感がどれくらい上がったかの確認のために、使うつもりだったのか?
「ボクの霊感が上がって、常に煩悩ゴミが視えるようになれば、にーちゃんと一緒にボランティアできると思って……」
スンと鼻をすする刹の言葉に、俺は胸がキュッとなる。
刹が俺をしたってくれる気持ち、すごくうれしいけど……。
「刹が俺と一緒にボランティアしたいと思ってくれて、うれしい。でも霊感が上がるって、いいことじゃないからな」
煩悩ゴミモンスターは人間を襲って害をなすが、順番がある。
奴らは視えない人間より、視える霊感がある人間を優先して襲う。
このことを教えてくれたキレピカ会会長曰く、「煩悩モンスターの存在をおびやかす者を優先して排除すべき、と本能的に理解しているのだろう」とのこと。
だから、霊感なんてない方がいいのだ。
「それに、煩悩ゴミ拾いができるのは中学生以上と決まってる。刹の背が俺より高くて大人びていても、煩悩ゴミが常に視えても、刹はまだ小学生だから、一緒に神職チームで活動はできない。でも……ありがとうな」
体育座りでうつ向いている弟の頭を、俺は優しくなでる。
「ノアくんだけ、にーちゃんと一緒にボランティアできてズルい」
ようやく顔を上げた刹は唇をとがらせ、俺を見上げる。
「ノア以外に、テキトー先輩と占部もいるし」
「その二人もズルい!」
「俺、新しいスマホを買ってもらうためにやってるだけだから、三カ月たったらキレピカ会やめる予定だぞ?」
「三カ月だけでもズルいの!」
「ははっ、俺ってば愛されてんなぁ!――キレピカ会やめても、刹がボランティア行く時は、特別に俺も一緒に行くからさ」
「……約束だからね」
「ああ。――下おりて飯食おうぜ。チャーハンとラーメンだって」
とりあえず納得したらしい刹の手をつかみ、引っぱり上げて立たせる。
俺が部屋の戸を開けると、「二人とも早く下りてきなさーい!」と叫ぶ母さんの声が、ちょうど聞こえてきた。
「俺のナルトやるから、機嫌直せよ」
「別にもう怒ってないし。お腹空いたー」
ドタドタと足音やかましく、俺たちは階段を下りる。
飯食ったら、庭へ放り投げた煩悩ゴミを回収しなきゃな。
しっかし……今日まだ半分すぎたくらいなのに、面倒なイベント起こりすぎだろ!


