金曜日はオカルトボランティア

『幼稚園児の俺は、何故ボランティアが好きだったのか?』を思い出せないまま、あと少しでゴミ置場に――

「うわぁっ!」

若い男の突然の叫び声が、夜の静かな空気を切さき、俺の足を止めさせた。
友達におどろかされた系理由の悲鳴か、関わってはいけない恐怖系理由の悲鳴か、判断できない。

「……」

どちらであっても、叫び声がした方向に行きたくない。
好奇心がないわけじゃないけど、もし変質者とかいたら嫌だし、怖いじゃん。
だけど声がしたのが、目的地のゴミ置場あたりぽいんだよなぁ。
運んできたゴミ袋をここに置いて帰るのは……ダメですよね……。
俺は仕方なく、足音を忍ばせながらゴミ置場へ近づく。
ゴミ置場の手前には、集められたゴミが参拝客の目に入らないように、目隠しのための木々が植えられている。
俺は息を止め、手前にある木の後ろから顔だけだして、ゴミ置場をのぞいた。

「!」

ゴミ置場のために設置されている、古い蛍光灯の弱々しい光の真下にいたのは、弟の刹だった。
トレードマークの黒マスクをアゴへ引っかけた刹は、地面へ尻をつき、左手で右上腕部をにぎっていた。
遠目なのではっきりとは分からないが、刹の左手は赤色で汚れているように見えた。
顔を隠す長い前髪のせいで、今弟がどんな表情なのかは見えないけれど、刹が顔を向ける先には――青色のライオンがいた。

「煩悩ゴミモンスター……!」

刹から三、四メートルくらいの場所にいる(けもの)はソレであると、俺は一瞬で理解した。
ライオンの姿をした煩悩ゴミモンスターは、軽自動車より二回り程度小さいくらいだろうか。
炎のように揺らめく、青い毛皮をまとっていた。
目はサファイヤのように青く輝き、口からは二本の長い牙が生え、四つの足すべてにするどい爪がついている。
以前、旧校舎の裏で遭遇したゾウリムシ型モンスターとは全然違う、ひと目見ただけで身がすくむ猛獣だった。

「刹、何でこんなところに?!」

俺は小声で言ったつもりだったが、もっとボリュームをしぼるべきだった。
想定よりだいぶ大きく響いた俺の声に反応し、刹と青いライオンが同時に俺を見た。

「にーちゃん!」
「刹、助けを呼んでこい!」

俺は煩悩ゴミモンスターへ、持っていた二袋のゴミを投げ、身をひるがえして走る。
もちろん、刹も祭りの客もいない方向へだ。
俺とモンスターとの距離はそこそこあったから、たぶんゴミ袋は奴に当たっていない。
でも重い体重のある何かがゴミ袋をふむ音がしたし、四つ足の動物が俺を追いかけて走ってくる音が、俺の耳に聞こえている。
OKOK! 見事ターゲットを、刹から俺へ変えられたみたいだ。
つかまったら確実に死ぬだろうから、チビりそうなくらい怖いけど!



とにかく、刹と祭りの客がいない方へ!
――と、ひたすらひと気のない方向へ逃げた俺は、現在神社の敷地のすみに追い詰められています……。
俺の背後には、高さ一メートル二十センチくらいの木製の(へい)があり、その向こうには森が広がっている。
俺が塀を越えるために煩悩ゴミモンスターから目を離したなら、その瞬間に後ろからガブリと噛みつかれるだろう。

「ハァッ、ハァッ……」

俺は青いライオンを見つめたまま、目に入りそうだった汗を手で雑にぬぐう。
帰宅部でダラダラせず、運動部に入り、もっと体力つけときゃよかった。
情けないことに、超緊張感のある全力ダッシュをした結果、俺の体力はもうあまりない。

「どうしような……」

グルルルと、青い獣の低いうなり声が夜の闇に響く。
刹は煩悩ゴミモンスターと戦える力を持つ大人に、会えただろうか?
無事会えて助けを求めたとして、その助けは間にあうだろうか?
……間にあわない気が、すげぇします。

「勝てる気しないけど」

ならば自分でどうにかして、このピンチを乗り越えるしかないわけで。
俺はベルト通しにひっかけていた火バサミを抜き、右手でにぎってかまえる。
火バサミなんかで勝てる相手じゃないのは理解しているが、武器になりそうな物は今これしか持ってないし。
俺はライオン型煩悩ゴミモンスターとにらみあい――その時間は短かった。

「グヴァアァ!」

動物の姿をしているからといって、煩悩ゴミモンスターを普通の動物と同じようなもの、と考えていいのかは分からない。
しかし煩悩ゴミモンスターにしても獣にしても、理性より本能が強い存在は、本能より理性が強い存在(人間)より、パワーバランスを読むのが上手い気がする。
そんなわけで、俺が自分に対抗できる力を持たないと察したらしいモンスターは、牙をむき出して正面から突っこんできた。

「うわぁぁぁ!」

俺はぎゅっと目をつぶり、火バサミをめちゃくちゃにふり回しながら、青い獣へ向かって走る。
昔読んだ本に、『ライオンの弱点は鼻』と書かれていた気がしたから。
ダメ元で、俺に牙や爪が届く前に、火バサミで奴の鼻をなぐれたらと思ったんだ。

「うわっ?!」

にぎった火バサミが何かに強く当たった感触がした直後、獣が間近で「ギャウン!」と悲鳴を上げ、俺の横を過ぎ去った気配がした。
ライオン型煩悩ゴミモンスターの鼻を、火バサミでなぐれたっぽい?!
急に止まれない俺はそのまま少しだけ走り、目を開けて青いモンスターの姿を探した。

「え?」

十数秒前まで俺がいた位置にいるライオンには、右前足がなかった。
右前足らしきものは、俺とモンスターの中間あたりにあり、炭が燃えた後の灰のように白くくずれ、風にのって跡形もなく消えていく。
……これって、武器による浄化なのでは?
武器持った誰かが、助けに来てくれた?
その誰かを探すために動かした俺の目に、見覚えのないものが映った。
まっすぐするどい、銀色の刃の切っ先が。
切っ先から柄に向かって視線を移動させれば、それは日本刀であることが分かり、日本刀の赤色の柄は俺の右手がにぎっていた。
(つば)には、見知った筆跡で『エクスカリバー』と彫られていて――俺の火バサミが武器化したってこと?!

「や、やった!」

これって、極限状態におかれたために、潜在能力が開花したってやつじゃ!?
というか俺の宝物って、テキトー先輩が言ってた通り火バサミだったの?!
宝物かゴミか? と聞かれたら、当たり前に大事な物ボックスにしまうけどさ。
使ってなかった約二年間、紙に包んでクローゼットの中にしまってたし。
「えぇ?!」という気持ちもデカイけど、今は『防野内清正の宝物は本当に火バサミ? レッツ☆シンキングタイム!』してる場合じゃない。
とにかくこれで、煩悩ゴミモンスターと互角に戦える!
――と、テンションぶち上がったんだけど。

「はぁっ、はあっ……。俺じゃ倒すの、ムリじゃね……」

すぐに右前足を再生させた煩悩ゴミモンスターの猛獣と、五分も戦わないうちに俺は気がついた。
俺は刀を持って戦うのも、ライオンと戦うのも初めてで、経験がない。
そもそも、俺はなぐりあいのケンカすらほとんどしたことがないから、戦い方自体よく分からない。
生き物なら大抵弱点だろう鼻や目をねらうけど、向こうも命がかかってる。
そう簡単に刃を突きたたせてはくれない。
全力ダッシュのせいで、俺の体力ゲージは戦う前から赤色で、激しい動きをすると即息があがる。
宝物の武器化ができる=勝てる、では全然なかった。

「くそっ、アイツがいてくれたら……」

俺は自分の考えの浅さを呪いながら、どうしようもなく弱音を吐いてしまう。
もしここに、飛び道具を使える幼なじみが現れてくれたなら――

「清正!」

俺の名前が鼓膜へ届くより早く、光の十字架が二つ、俺の横をビュンって風を切って通りすぎた。
煩悩ゴミモンスターはそれを後ろへ飛びのくことでよけ、光の十字架は獣へダメージを与えられなかった。だけど。

「ノア!」

俺はおどろきとよろこびをこめて幼なじみの名前を呼び、ふり返る。
ナイスタイミングすぎるだろ! 最高だ!

「目の前の敵から目をそらさない!」

全速力でかけつけてくれたらしく、ロザリオをにぎりしめるノアは長い金髪を乱し、肩で息をしていた。

「援護するから、しとめて!」
「分かった!」

俺はあわてて煩悩ゴミモンスターへ向き直る。
ノアが後ろにいるってだけで、恐怖もあせりも俺の思考から消えていく。
実際ノアは武器を使いこなしてて、強くてたのもしい奴なわけだけど、それ以上に心強く感じたんだ。
俺がいて、ノアがいる。だから無敵! みたいな?

「行くよ!」

ノアがかけ声と共に、いくつもの光の十字架を乱れ撃つ。
青いライオンは左右に跳んでそれをかわそうとしたが、すべてかわすのは無理だった。
十字架が左前足と腰のあたりに突き刺さり、モンスターの動きを止めた。

「清正、今だ!」
「任せろ!」

俺は刀を両手で持ち、右上から左下へ、大きくふり下ろしながら叫ぶ。
 
「エクスカリバー!」

洋剣じゃなく日本刀かつ元は火バサミだしで、本家本元に怒られそうだけど、コイツの名前はこれなので。

「グゥァァァ!!」

俺が切りつけたところから白い光があふれ、断末魔をあげた青いライオンは、くずれるように浄化されていく。
先ほどまでの苦戦がウソみたいに、煩悩ゴミモンスターはあっという間に存在を減らし、この世から消えた。

「か、勝った……」

煩悩ゴミモンスターが完全に消滅したのを見届けた俺は、一気に身体から力が抜け、その場へへたりこむ。
俺の尻が地面についた瞬間、柄が赤色の日本刀はキラッと光り、どこにでもあるアルミの火バサミに戻った。

「武器ゲットと初勝利、おめでとう」

いつの間にか呼吸を整えたノアが側へ来て、ニヤッと笑って俺を見下ろす。

「サンキュな、ノア」
「どうも。今日からバディってことでいい?」
「ああ。……超絶疲れた! 死ぬかと思った!」

俺が地面へ大の字に寝転がれば、空には月と星がいつも通り輝いていた。
しゃがんだノアがにぎりこぶしをつき出してきたから、俺も同じように手をグーにして、ノアのそれにコツンとぶつけた。