「クッソ……! 足速すぎるんだよ、テキトー先輩め……!」
俺はあわてて立ち上がり、逃げる先輩を追いかけたが、つかまえられなかった。
水やり手伝わされるし、キレピカ会をやめることにOKはもらえないし――アイスはおごってもらったけど、それじゃ帳尻があわないくらいマイナスだ。
石をけりながら家路を歩いていると、尻ポケットに入れていたスマホがふるえた。
誰からだ? と、取り出して画面を見れば。
「は?! テキトー先輩から電話って! マジで何なのあの班長!?」
俺は通話ボタンにタッチし、「はい、坊野内ですけど!」と、不機嫌全開で電話にでた。
『もしもーし、時東でぇす。清正くんは今、お家帰り中?』
「走って逃げたくせに、何の用ですか?」
『思いついたことがあってな、電話かけたんよ』
「思いついたこと?」
『さっき清正くん、「宝物はあるような、ないような」言うてたやん』
「言いましたけど、それが何か?」
『清正くんの宝物って、エクスカリバーって書いとる、いつも使っとる火バサミだったりせん?』
「は?」
俺は深く右へ首をかしげ、眉間にシワをよせた。
『だってあれ、清正くんがちっこいころからずっと持っとって、今も大事に使っとるからさ』
「ずっと持っているといっても、ゴミ拾い以外で使ってないんで、ボランティアやめてた二年間は放置しっぱなしで、ホコリかぶってましたけど?」
クローゼットの中へしまいこんでいた二年間、火バサミは紙で包んでおいたから、正しくはホコリをかぶってはいないんだけど。
「それに火バサミが宝物で武器って……変だし、カッコ悪いスよ」
『別に、火バサミが宝物でも全然いいと俺は思うけど? 折り紙、ロザリオ、指抜きと比べたら、一番武器らしいし』
「そりゃその中なら、殺傷力は一番高そうではありますけど……」
『せやろ! 武器で大事なんは、カッコよさより、強いかどうかやって。あとオモロさ』
「俺の武器にオモロさはいらないです」
テキトー先輩は『いいや、オモロさは絶対必要やって!』と言い、電話の向こうでキャラキャラ笑う。
「……もう電話切っていいスか?」
『待って待って!――清正くんの退会のことやけど、占部くんとノアくんからOKもろたら、俺もやめるのを認めてもええよ』
「はぁ?!」
占部はともかく、ノアにOKをもらうのは……難しい気がする。
*
帰宅して昼飯の焼きそばを食べたあと、俺は二階に上がり、自室の床の上にあぐらをかいて座っていた。
「うーん……」
俺の視線の先には、広げた古新聞の上に置かれたマイ火バサミ。
真ん中あたりに油性ペンで『エクスカリバー』と書いてあるけど、それ以外は何のへんてつもない、ただのステンレス製の火バサミ。
俺は幼稚園児のころから、親父にくっついてキレピカ会のボランティア活動へ顔を出していて、大人たちが持っている火バサミが欲しくてたまらなかった。
小さい子ってごっこ遊びするせいもあって、長い棒とか好きじゃん?
いやまぁ中一になった今でも、俺は長いよさげな木の枝を拾うと、剣に見立ててふり回しちゃうけど。
そんな感じで、幼稚園児の俺は火バサミを親父にねだって買ってもらい、超有名な聖剣の名前をつけたってワケ。
(ちなみに『エクスカリバー』の字は、母さんに頼んで書いてもらった)
「やるだけやってみるか」
俺は一人言を言いながら火バサミを取り上げ、ぐっと力をこめてにぎり、まぶたを閉じて念じる。
武器化しろ武器化しろ武器化しろ!――心の中で百回となえ、そっと目を開ける。
「ムリー……」
開いた目に映ったのはもちろん、元の姿から一ミリも変化のない火バサミ。
でーすーよーねー! そんな簡単に武器化しませんよねー!
簡単なら、神職チームの人は四割じゃなく、全員持ってるっての。
それに小さいころから使っているとはいえ、直近約二年間はクローゼットへ封印していたし、そもそもこの火バサミが俺の大事な物なのか、俺自身が分かっていないし。
いやまぁ、清掃活動における俺の相棒であり、長いこと使ってる物だから、思い入れはかなりあるけども。
でも火バサミが宝物って変じゃん!
……ちょっと待て、ストップ。
なんでボランティア続ける前提でアレコレ考えて、がんばっちゃってんの、俺。
昔俺が積極的にボランティアしてたのは、無自覚だったとしても『平凡な自分が唯一ほめてもらえることだから』で、そんな己の浅ましさを忘れてんじゃねぇよ。
今だって、新品のスマホ欲しさに一時復帰しただけなんだから、武器のことで悩む必要なんかないんだよ……。
*
俺は一階へ下り、火バサミを現在の定位置である、玄関の傘立の脇へ立てかけた。
この後は刹を誘って、ゲームでもしよう。
でもノドがかわいたし、麦茶を飲んでからにしよう。
俺は身体を反転させて廊下を進み、リビングへつながる戸を開けると、即座にこげ臭いにおいが鼻をついた。
「清正! いいところに!」
ドアノブをにぎったまま眉をひそめる俺に、母さんがすばやく近づいてきて、俺の腕をガシリとつかんだ。
「お願いがあるんだけど、フライパンこがしちゃったから、こげを落としてくれない?」
俺の腕をつかんでいない方の手で、母さんが台所を指さす。
「ヤダ、面倒臭い。これから刹とゲームするし」
「あら、刹は少し前に出かけたわよ」
「マジで?」
「二週間前くらいからかしら? よく刹一人でどこかへ出かけてるわよ。小一時間くらいしたら帰ってくるんだけど。彼女でもできたのかしらね?」
「なっ?!」
「ひがんじゃダメよー。弟の幸せを見守れない男じゃ、女の子の心をつかめないわよー」
母さんは動揺する俺の腕を引き、コンロ上のこげたフライパンの前へ立たせる。
「今夜の夕飯をこがしちゃったから、これからお母さんはスーパーへ行かないとなの。そうめんだけの夕飯は、清正も嫌でしょ?」
「……分かったよ。母さん前にもフライパンこがして、俺がみがいたことあったよな……」
刹もいないし、夕飯のおかずを盾にされたら、俺はフライパンみがきの依頼を受けるしかない。
「あー、うん。二年前くらいかな? その時は清正、しぶらず喜んでやってくれたのに。これが反抗期ってやつかぁ。育ったわねぇ」
「うっせぇな」
このごろ大人は何かにつけ、反抗期と言ってくるのがウザい。
「『だんだんこげがとれて、フライパンがピカピカになっていくのが楽しい!』と言ってたの、お母さん覚えてるわ」
「そんなこと言ったっけ?」
「ぜーったい言ってたわ。――それじゃお母さん、これから新しい夕飯の食材を買いにスーパーへ行くから、フライパンよろしくね!」
母さんはエプロンをぬぐと、財布とエコバッグを持って出かけてしまった。
残された俺はスマホで、こげたフライパンを復活させる方法を調べる。
そうそう、必要なのはスポンジと重曹だったな。
まず重曹をぬるま湯でといて、重曹ペーストを作る。
そのペーストをフライパンのこげた部分に乗せて、スポンジの硬い面でこする。
おお、こげがちょっと薄くなった。
もっと力をこめてこすってみよう。
よし! ちょっとだけど、元の銀色が見えてきたぞ!
*
「母さん、見て見て!」
フライパンをこすりはじめてから、約一時間後。
俺は新品並にピカピカになったフライパンを、夕飯用の天ぷらを揚げている母さんへ見せに行く。
「あらー! キレイになったわねー! ありがとう、清正」
「……もし、他にこげてるフライパンとかなべとかあるなら、みがくけど?」
大げさに喜んでくれた母さんに、俺はモゴモゴと申し出る。
「頼んだ時はしぶってたのに、どうしたの?」
「それは、その……ちょっと楽しくて」
俺はみがき終えたフライパンで、目から下を隠した状態で答えた。
「こげた部分がじょじょになくなっていって、銀色部分が増えていくのが、陣取りゲームみたいでさ。汚れに勝ったぞー! みたいな達成感もあるし」
「汚れがキレイに落ちるとスカッとするし、楽しいわよね」
「うん!」
「でもこげたフライパンもおなべもないから、ごほうびにジュースでも飲んで休憩して。お疲れ様」
笑顔の母さんが俺からフライパンを受け取ったタイミングで、刹が「ただいまー、暑いー」とリビングへ入ってきた。
俺はあわてて立ち上がり、逃げる先輩を追いかけたが、つかまえられなかった。
水やり手伝わされるし、キレピカ会をやめることにOKはもらえないし――アイスはおごってもらったけど、それじゃ帳尻があわないくらいマイナスだ。
石をけりながら家路を歩いていると、尻ポケットに入れていたスマホがふるえた。
誰からだ? と、取り出して画面を見れば。
「は?! テキトー先輩から電話って! マジで何なのあの班長!?」
俺は通話ボタンにタッチし、「はい、坊野内ですけど!」と、不機嫌全開で電話にでた。
『もしもーし、時東でぇす。清正くんは今、お家帰り中?』
「走って逃げたくせに、何の用ですか?」
『思いついたことがあってな、電話かけたんよ』
「思いついたこと?」
『さっき清正くん、「宝物はあるような、ないような」言うてたやん』
「言いましたけど、それが何か?」
『清正くんの宝物って、エクスカリバーって書いとる、いつも使っとる火バサミだったりせん?』
「は?」
俺は深く右へ首をかしげ、眉間にシワをよせた。
『だってあれ、清正くんがちっこいころからずっと持っとって、今も大事に使っとるからさ』
「ずっと持っているといっても、ゴミ拾い以外で使ってないんで、ボランティアやめてた二年間は放置しっぱなしで、ホコリかぶってましたけど?」
クローゼットの中へしまいこんでいた二年間、火バサミは紙で包んでおいたから、正しくはホコリをかぶってはいないんだけど。
「それに火バサミが宝物で武器って……変だし、カッコ悪いスよ」
『別に、火バサミが宝物でも全然いいと俺は思うけど? 折り紙、ロザリオ、指抜きと比べたら、一番武器らしいし』
「そりゃその中なら、殺傷力は一番高そうではありますけど……」
『せやろ! 武器で大事なんは、カッコよさより、強いかどうかやって。あとオモロさ』
「俺の武器にオモロさはいらないです」
テキトー先輩は『いいや、オモロさは絶対必要やって!』と言い、電話の向こうでキャラキャラ笑う。
「……もう電話切っていいスか?」
『待って待って!――清正くんの退会のことやけど、占部くんとノアくんからOKもろたら、俺もやめるのを認めてもええよ』
「はぁ?!」
占部はともかく、ノアにOKをもらうのは……難しい気がする。
*
帰宅して昼飯の焼きそばを食べたあと、俺は二階に上がり、自室の床の上にあぐらをかいて座っていた。
「うーん……」
俺の視線の先には、広げた古新聞の上に置かれたマイ火バサミ。
真ん中あたりに油性ペンで『エクスカリバー』と書いてあるけど、それ以外は何のへんてつもない、ただのステンレス製の火バサミ。
俺は幼稚園児のころから、親父にくっついてキレピカ会のボランティア活動へ顔を出していて、大人たちが持っている火バサミが欲しくてたまらなかった。
小さい子ってごっこ遊びするせいもあって、長い棒とか好きじゃん?
いやまぁ中一になった今でも、俺は長いよさげな木の枝を拾うと、剣に見立ててふり回しちゃうけど。
そんな感じで、幼稚園児の俺は火バサミを親父にねだって買ってもらい、超有名な聖剣の名前をつけたってワケ。
(ちなみに『エクスカリバー』の字は、母さんに頼んで書いてもらった)
「やるだけやってみるか」
俺は一人言を言いながら火バサミを取り上げ、ぐっと力をこめてにぎり、まぶたを閉じて念じる。
武器化しろ武器化しろ武器化しろ!――心の中で百回となえ、そっと目を開ける。
「ムリー……」
開いた目に映ったのはもちろん、元の姿から一ミリも変化のない火バサミ。
でーすーよーねー! そんな簡単に武器化しませんよねー!
簡単なら、神職チームの人は四割じゃなく、全員持ってるっての。
それに小さいころから使っているとはいえ、直近約二年間はクローゼットへ封印していたし、そもそもこの火バサミが俺の大事な物なのか、俺自身が分かっていないし。
いやまぁ、清掃活動における俺の相棒であり、長いこと使ってる物だから、思い入れはかなりあるけども。
でも火バサミが宝物って変じゃん!
……ちょっと待て、ストップ。
なんでボランティア続ける前提でアレコレ考えて、がんばっちゃってんの、俺。
昔俺が積極的にボランティアしてたのは、無自覚だったとしても『平凡な自分が唯一ほめてもらえることだから』で、そんな己の浅ましさを忘れてんじゃねぇよ。
今だって、新品のスマホ欲しさに一時復帰しただけなんだから、武器のことで悩む必要なんかないんだよ……。
*
俺は一階へ下り、火バサミを現在の定位置である、玄関の傘立の脇へ立てかけた。
この後は刹を誘って、ゲームでもしよう。
でもノドがかわいたし、麦茶を飲んでからにしよう。
俺は身体を反転させて廊下を進み、リビングへつながる戸を開けると、即座にこげ臭いにおいが鼻をついた。
「清正! いいところに!」
ドアノブをにぎったまま眉をひそめる俺に、母さんがすばやく近づいてきて、俺の腕をガシリとつかんだ。
「お願いがあるんだけど、フライパンこがしちゃったから、こげを落としてくれない?」
俺の腕をつかんでいない方の手で、母さんが台所を指さす。
「ヤダ、面倒臭い。これから刹とゲームするし」
「あら、刹は少し前に出かけたわよ」
「マジで?」
「二週間前くらいからかしら? よく刹一人でどこかへ出かけてるわよ。小一時間くらいしたら帰ってくるんだけど。彼女でもできたのかしらね?」
「なっ?!」
「ひがんじゃダメよー。弟の幸せを見守れない男じゃ、女の子の心をつかめないわよー」
母さんは動揺する俺の腕を引き、コンロ上のこげたフライパンの前へ立たせる。
「今夜の夕飯をこがしちゃったから、これからお母さんはスーパーへ行かないとなの。そうめんだけの夕飯は、清正も嫌でしょ?」
「……分かったよ。母さん前にもフライパンこがして、俺がみがいたことあったよな……」
刹もいないし、夕飯のおかずを盾にされたら、俺はフライパンみがきの依頼を受けるしかない。
「あー、うん。二年前くらいかな? その時は清正、しぶらず喜んでやってくれたのに。これが反抗期ってやつかぁ。育ったわねぇ」
「うっせぇな」
このごろ大人は何かにつけ、反抗期と言ってくるのがウザい。
「『だんだんこげがとれて、フライパンがピカピカになっていくのが楽しい!』と言ってたの、お母さん覚えてるわ」
「そんなこと言ったっけ?」
「ぜーったい言ってたわ。――それじゃお母さん、これから新しい夕飯の食材を買いにスーパーへ行くから、フライパンよろしくね!」
母さんはエプロンをぬぐと、財布とエコバッグを持って出かけてしまった。
残された俺はスマホで、こげたフライパンを復活させる方法を調べる。
そうそう、必要なのはスポンジと重曹だったな。
まず重曹をぬるま湯でといて、重曹ペーストを作る。
そのペーストをフライパンのこげた部分に乗せて、スポンジの硬い面でこする。
おお、こげがちょっと薄くなった。
もっと力をこめてこすってみよう。
よし! ちょっとだけど、元の銀色が見えてきたぞ!
*
「母さん、見て見て!」
フライパンをこすりはじめてから、約一時間後。
俺は新品並にピカピカになったフライパンを、夕飯用の天ぷらを揚げている母さんへ見せに行く。
「あらー! キレイになったわねー! ありがとう、清正」
「……もし、他にこげてるフライパンとかなべとかあるなら、みがくけど?」
大げさに喜んでくれた母さんに、俺はモゴモゴと申し出る。
「頼んだ時はしぶってたのに、どうしたの?」
「それは、その……ちょっと楽しくて」
俺はみがき終えたフライパンで、目から下を隠した状態で答えた。
「こげた部分がじょじょになくなっていって、銀色部分が増えていくのが、陣取りゲームみたいでさ。汚れに勝ったぞー! みたいな達成感もあるし」
「汚れがキレイに落ちるとスカッとするし、楽しいわよね」
「うん!」
「でもこげたフライパンもおなべもないから、ごほうびにジュースでも飲んで休憩して。お疲れ様」
笑顔の母さんが俺からフライパンを受け取ったタイミングで、刹が「ただいまー、暑いー」とリビングへ入ってきた。


