夏休み一日目の土曜日。
私服と迷ったが、俺は制服に着がえて中学へ向かった。
「おはよーさん。清正くん、来るの早いなぁ」
「早いって……もう十分以上、十時すぎてるんですけど……」
テキトー先輩はそのアダ名に恥じぬ適当さで、待ちあわせ場所である正門前に遅刻してきた。
「夏休みなんやし、固いこと言わんといて」
テキトー先輩も制服だったので、俺の服装の選択は間違えていなかったっぽくて、そこだけ一安心する。
「まぁいいですけど。ところで、どうしてクソ暑なこんなとこで待ちあわせなんスか?」
俺はさんさんとふりそそぐ熱射をさけるため、門柱が作る細長い影の中にしゃがんだまま、尋ねた。
先輩と会う約束を取りつけたのは母さんだけど、待ちあわせ場所を決めたのは先輩なんだよね。
熱中症の危険が毎日叫ばれているのに、何故エアコンがある商業施設や俺の家、はたまた先輩の家でもなく、貧相な影しかない正門前待ちあわせなんだ?
「それはな――清正くんの話聞く前に、俺やらなあかんことがあんねん」
ヘラヘラしていたテキトー先輩が、急に真面目な顔つきになる。
すごく嫌な予感がするんだけど。
「それをな、清正くんも手伝ってくれん? み・ず・や・り・と・う・ば・ん♡」
「嫌です。俺帰りますね」
「待ってぇ、一生のお願いやー! ジャンケン負けて、俺一人でやらなあかんなったん、かわいそうやろ?!」
「いいえ。自業自得だと思うっス」
「ひどぉー!」
*
テキトー先輩に子泣きジジイのようにしがみつかれたので、終わってからアイスをおごってもらう約束で、俺は先輩の水やり当番を手伝った。
本当は何人でやる予定だったのか知らないけど、二人で水やりとホースの片づけを終えると、時刻はとっくに十二時を回っていた。
「手伝ってくれて、ありがとさん。約束通りアイスおごるけど、高いのはあかんで」
「ケチ」
学校から一番近いコンビニへ入り、テキトー先輩はソーダアイス、俺はみかん味のアイスを選んだ。
「ほな、清正くんの話聞こか。――ま、昨日の電話で話の大枠は聞いてて、知っとるんやけど」
レジで会計をすませてコンビニを出ると、テキトー先輩は「こっちこっち」と、俺をコンビニの建物が作るせまい影の中へ手招いた。
「キレピカ会やめたい、やったっけ?」
コンビニの壁へ立ったままもたれかかる先輩は、買ったばかりのアイスの袋を開けながら、隣にいる俺へズバリ聞いてきた。
「……はい」
「やめたい理由、聞いてもええ?」
「昨日のボランティアの時、旧校舎の裏に煩悩ゴミモンスターが出た話、したじゃないですか」
俺も袋を開け、みかん色をした棒つきアイスを取り出し、一口かじる。
「煩悩ゴミモンスターが出た時、俺には武器がないから、何もできなくて」
やめたい理由はもう一つあるけどそれは言わず、俺は壁に背中をつけ、ずるずるとしゃがみこむ。
「武器ないと、モンスター出た時に俺、お荷物じゃないですか」
「なるほどなぁ。それでやめたい、と」
「はい」
俺はまた一口、アイスをかじる。
こんな時でも、アイスは冷たくておいしい。
「戦えんで、情けなくて恥ずかしくてくやしい清正くんの気持ち、俺分かるで」
「テキトー先輩は武器持ってる、とノアから聞いてますよ?」
「今はな。俺の武器は折り紙やけど、それを武器として目覚めさせたんは、中一の秋なんやで」
「そうだったんですか?!」
テキトー先輩も小さいころから武器を持っているのだと、勝手に思っていた俺は、おどろいて先輩を見上げた。
「うん。だから俺、今武器なくて戦えん清正くんのくやしい気持ち、分かるワケ」
「分かってくれるなら、俺やめてもいいですよね?」
テキトー先輩が武器を得た中一秋まで待て、と反論されるか?
先輩は大口を開け、がぶりとアイスをかじり、それを飲みこんでから返事をくれた。
「俺も昔体験した気持ちだから、理解はする。でも、それだけで役立たずと思うのは早計やわ。キレピカ会で一番大事なんは、ゴミ拾いやもん。煩悩ゴミがモンスターになる前に拾って処分するのが、一番大事なことやからな」
「……今、そういう話はしてないんですけど」
「そう言わず聞いて。話したいんよ。――いついかなる時でも煩悩ゴミモンスターが出たら、武器持ちが即かけつけて浄化できるか? できひんやろ?」
テキトー先輩もしゃがみ、俺と目線をあわせてきた。
話したいから話すって……自由すぎない?
「本部でモンスター討伐の報告書読めば分かるけど、昨日清正くんたちが孵化直後に倒せたのは、かなりレアなことやねん」
「ふぅん、そうなんですね」
「武器持って戦うと、正義のヒーロー気分になれる。でもな、そもそも煩悩ゴミを煩悩ゴミモンスターへ進化させたらあかんつーか、進化させた時点で俺らアイツらに負けてんねん。意味分かるよな?」
「はぁ」
今俺は、『煩悩ゴミモンスターと出会った時、武器を持たない無力な自分が嫌だ』という話をしているので、テキトー先輩の熱い語りは俺の心に響かない。
「清正くん、めっちゃ『スンッ』て顔しとる。ウケる!」
「どうしてここでテキトー先輩が笑うんスか?」
「だって俺が武器持ってなくて悩んでた時、当時の班長にこの話されて、俺も同じ反応したんやもん」
俺がスンッとなるの分かってて、何故俺にも同じこと話したの?
テキトー先輩が分からない……。
「今は役立たずな話かもしれんけど、いつか役に立つ話かもしれんから、話してみた」
「何だそれ……」
「そもそも清正くんは武器化したいというか、できそうというか、そういう物を持っとるん?」
「えっと……」
急に話を本題へ戻したテキトー先輩からの質問に、俺はアイスを食べながら、自分の部屋の中の物を思い出す。
「……あるような、ないような」
「あいまいやん」
「武器を持つには、武器になる大事にしてる物がまず必要なのに……こんなんだから、今俺は武器を持ってなくて、きっと一生持てないんでしょうね……」
「一生はいいすぎやろ」
「でも神職チームの四割くらいの人は、武器持ってないって聞いてます。なら俺もやっぱり……」
とけたみかんアイスのしずくが落ち、アスファルトに黒いシミを作る。
「清正くん次第やと、俺は思うけど――どうしてもキレピカ会やめたいん?」
俺は残っていたアイスを口の中へ全部押しこみ、無言でうなずく。
「やめたい理解は、『武器がないから』だけ?」
小四の時に俺がキレピカ会をやめた経緯は、テキトー先輩だって知ってるくせに、聞かないでよ。
俺はモンスターと戦う武器を持たないお荷物野郎で、ほめられたくてボランティアしてた、ボランティアをやる資格がない偽善者だからだよ。
「――そっか。俺は嫌やわぁ」
俺が答えを言わないまま、二分か三分たったころ、テキトー先輩がのんびりした声で言った。
「俺は清正くんが蓮見中班から抜けるの、嫌や。清正くんに武器があるとかないとか、他にも理由があるとか、知らん」
「そりゃ、俺の一身上の都合ですから……」
ちらりと横目でテキトー先輩を見ると、先輩は食べ終わったアイスの棒を、何故か太陽にかざしていた。
「清正くんが『武器なくて居心地悪いなぁ』と思おとっても、俺は清正くんにうちの班にいて欲しい。清正くんのこと、大事な仲間やと思っとるから」
「すみません」
テキトー先輩、その論法はズルいよ。
そんなこと言われたら――言われても、俺は謝ることしかできないんだから。
「今の話聞いたら、ノアくんも占部くんも、俺と同じこと言うと思うで。百円かけてもええ」
「金額ショボいっスね」
「ほな、二百円かける。それに、考えてみて欲しいんやけど」
テキトー先輩は急に声をひそめると、アイスの棒を持っている手を下ろし、棒を俺へつきつけてきた。
「何をですか?」
「ちょいおバカな手芸好きの不良、アホほどモテるいい子ちゃん、極度のネガティブで今骨折して入院しとる林。――この濃い面子の中に残される、俺の気持ちも考えて?」
「……テキトー先輩も、負けず劣らず濃いキャラしてるんで、問題ないと思います」
「えー? 俺はありふれた没個性キャラやん?」
「……」
「何でだまるん?!――とにかく清正くんはな、うちの班をスムーズにつなげられる大事なパーツで潤滑油だと、俺は思っとる」
テキトー先輩は立ち上がり、優しい目で俺を見下ろす。
「だから辞表は受理できん」
「大事なパーツで潤滑油なのはテキトー先輩ですよ」と、俺は言い返そうとしたんだけど。
「ということで、ほなサイナラ! また来週ー!」
直前までの、先輩後輩の絆を感じさせる雰囲気はどこへやら。
テキトー先輩はニヤッとチェシャ猫のように笑うと、すごい勢いでコンビニが作る影から走り出た。
「テキトー先輩、言い逃げなんてズルいですよぉー!」
私服と迷ったが、俺は制服に着がえて中学へ向かった。
「おはよーさん。清正くん、来るの早いなぁ」
「早いって……もう十分以上、十時すぎてるんですけど……」
テキトー先輩はそのアダ名に恥じぬ適当さで、待ちあわせ場所である正門前に遅刻してきた。
「夏休みなんやし、固いこと言わんといて」
テキトー先輩も制服だったので、俺の服装の選択は間違えていなかったっぽくて、そこだけ一安心する。
「まぁいいですけど。ところで、どうしてクソ暑なこんなとこで待ちあわせなんスか?」
俺はさんさんとふりそそぐ熱射をさけるため、門柱が作る細長い影の中にしゃがんだまま、尋ねた。
先輩と会う約束を取りつけたのは母さんだけど、待ちあわせ場所を決めたのは先輩なんだよね。
熱中症の危険が毎日叫ばれているのに、何故エアコンがある商業施設や俺の家、はたまた先輩の家でもなく、貧相な影しかない正門前待ちあわせなんだ?
「それはな――清正くんの話聞く前に、俺やらなあかんことがあんねん」
ヘラヘラしていたテキトー先輩が、急に真面目な顔つきになる。
すごく嫌な予感がするんだけど。
「それをな、清正くんも手伝ってくれん? み・ず・や・り・と・う・ば・ん♡」
「嫌です。俺帰りますね」
「待ってぇ、一生のお願いやー! ジャンケン負けて、俺一人でやらなあかんなったん、かわいそうやろ?!」
「いいえ。自業自得だと思うっス」
「ひどぉー!」
*
テキトー先輩に子泣きジジイのようにしがみつかれたので、終わってからアイスをおごってもらう約束で、俺は先輩の水やり当番を手伝った。
本当は何人でやる予定だったのか知らないけど、二人で水やりとホースの片づけを終えると、時刻はとっくに十二時を回っていた。
「手伝ってくれて、ありがとさん。約束通りアイスおごるけど、高いのはあかんで」
「ケチ」
学校から一番近いコンビニへ入り、テキトー先輩はソーダアイス、俺はみかん味のアイスを選んだ。
「ほな、清正くんの話聞こか。――ま、昨日の電話で話の大枠は聞いてて、知っとるんやけど」
レジで会計をすませてコンビニを出ると、テキトー先輩は「こっちこっち」と、俺をコンビニの建物が作るせまい影の中へ手招いた。
「キレピカ会やめたい、やったっけ?」
コンビニの壁へ立ったままもたれかかる先輩は、買ったばかりのアイスの袋を開けながら、隣にいる俺へズバリ聞いてきた。
「……はい」
「やめたい理由、聞いてもええ?」
「昨日のボランティアの時、旧校舎の裏に煩悩ゴミモンスターが出た話、したじゃないですか」
俺も袋を開け、みかん色をした棒つきアイスを取り出し、一口かじる。
「煩悩ゴミモンスターが出た時、俺には武器がないから、何もできなくて」
やめたい理由はもう一つあるけどそれは言わず、俺は壁に背中をつけ、ずるずるとしゃがみこむ。
「武器ないと、モンスター出た時に俺、お荷物じゃないですか」
「なるほどなぁ。それでやめたい、と」
「はい」
俺はまた一口、アイスをかじる。
こんな時でも、アイスは冷たくておいしい。
「戦えんで、情けなくて恥ずかしくてくやしい清正くんの気持ち、俺分かるで」
「テキトー先輩は武器持ってる、とノアから聞いてますよ?」
「今はな。俺の武器は折り紙やけど、それを武器として目覚めさせたんは、中一の秋なんやで」
「そうだったんですか?!」
テキトー先輩も小さいころから武器を持っているのだと、勝手に思っていた俺は、おどろいて先輩を見上げた。
「うん。だから俺、今武器なくて戦えん清正くんのくやしい気持ち、分かるワケ」
「分かってくれるなら、俺やめてもいいですよね?」
テキトー先輩が武器を得た中一秋まで待て、と反論されるか?
先輩は大口を開け、がぶりとアイスをかじり、それを飲みこんでから返事をくれた。
「俺も昔体験した気持ちだから、理解はする。でも、それだけで役立たずと思うのは早計やわ。キレピカ会で一番大事なんは、ゴミ拾いやもん。煩悩ゴミがモンスターになる前に拾って処分するのが、一番大事なことやからな」
「……今、そういう話はしてないんですけど」
「そう言わず聞いて。話したいんよ。――いついかなる時でも煩悩ゴミモンスターが出たら、武器持ちが即かけつけて浄化できるか? できひんやろ?」
テキトー先輩もしゃがみ、俺と目線をあわせてきた。
話したいから話すって……自由すぎない?
「本部でモンスター討伐の報告書読めば分かるけど、昨日清正くんたちが孵化直後に倒せたのは、かなりレアなことやねん」
「ふぅん、そうなんですね」
「武器持って戦うと、正義のヒーロー気分になれる。でもな、そもそも煩悩ゴミを煩悩ゴミモンスターへ進化させたらあかんつーか、進化させた時点で俺らアイツらに負けてんねん。意味分かるよな?」
「はぁ」
今俺は、『煩悩ゴミモンスターと出会った時、武器を持たない無力な自分が嫌だ』という話をしているので、テキトー先輩の熱い語りは俺の心に響かない。
「清正くん、めっちゃ『スンッ』て顔しとる。ウケる!」
「どうしてここでテキトー先輩が笑うんスか?」
「だって俺が武器持ってなくて悩んでた時、当時の班長にこの話されて、俺も同じ反応したんやもん」
俺がスンッとなるの分かってて、何故俺にも同じこと話したの?
テキトー先輩が分からない……。
「今は役立たずな話かもしれんけど、いつか役に立つ話かもしれんから、話してみた」
「何だそれ……」
「そもそも清正くんは武器化したいというか、できそうというか、そういう物を持っとるん?」
「えっと……」
急に話を本題へ戻したテキトー先輩からの質問に、俺はアイスを食べながら、自分の部屋の中の物を思い出す。
「……あるような、ないような」
「あいまいやん」
「武器を持つには、武器になる大事にしてる物がまず必要なのに……こんなんだから、今俺は武器を持ってなくて、きっと一生持てないんでしょうね……」
「一生はいいすぎやろ」
「でも神職チームの四割くらいの人は、武器持ってないって聞いてます。なら俺もやっぱり……」
とけたみかんアイスのしずくが落ち、アスファルトに黒いシミを作る。
「清正くん次第やと、俺は思うけど――どうしてもキレピカ会やめたいん?」
俺は残っていたアイスを口の中へ全部押しこみ、無言でうなずく。
「やめたい理解は、『武器がないから』だけ?」
小四の時に俺がキレピカ会をやめた経緯は、テキトー先輩だって知ってるくせに、聞かないでよ。
俺はモンスターと戦う武器を持たないお荷物野郎で、ほめられたくてボランティアしてた、ボランティアをやる資格がない偽善者だからだよ。
「――そっか。俺は嫌やわぁ」
俺が答えを言わないまま、二分か三分たったころ、テキトー先輩がのんびりした声で言った。
「俺は清正くんが蓮見中班から抜けるの、嫌や。清正くんに武器があるとかないとか、他にも理由があるとか、知らん」
「そりゃ、俺の一身上の都合ですから……」
ちらりと横目でテキトー先輩を見ると、先輩は食べ終わったアイスの棒を、何故か太陽にかざしていた。
「清正くんが『武器なくて居心地悪いなぁ』と思おとっても、俺は清正くんにうちの班にいて欲しい。清正くんのこと、大事な仲間やと思っとるから」
「すみません」
テキトー先輩、その論法はズルいよ。
そんなこと言われたら――言われても、俺は謝ることしかできないんだから。
「今の話聞いたら、ノアくんも占部くんも、俺と同じこと言うと思うで。百円かけてもええ」
「金額ショボいっスね」
「ほな、二百円かける。それに、考えてみて欲しいんやけど」
テキトー先輩は急に声をひそめると、アイスの棒を持っている手を下ろし、棒を俺へつきつけてきた。
「何をですか?」
「ちょいおバカな手芸好きの不良、アホほどモテるいい子ちゃん、極度のネガティブで今骨折して入院しとる林。――この濃い面子の中に残される、俺の気持ちも考えて?」
「……テキトー先輩も、負けず劣らず濃いキャラしてるんで、問題ないと思います」
「えー? 俺はありふれた没個性キャラやん?」
「……」
「何でだまるん?!――とにかく清正くんはな、うちの班をスムーズにつなげられる大事なパーツで潤滑油だと、俺は思っとる」
テキトー先輩は立ち上がり、優しい目で俺を見下ろす。
「だから辞表は受理できん」
「大事なパーツで潤滑油なのはテキトー先輩ですよ」と、俺は言い返そうとしたんだけど。
「ということで、ほなサイナラ! また来週ー!」
直前までの、先輩後輩の絆を感じさせる雰囲気はどこへやら。
テキトー先輩はニヤッとチェシャ猫のように笑うと、すごい勢いでコンビニが作る影から走り出た。
「テキトー先輩、言い逃げなんてズルいですよぉー!」


