俺、坊野内清正が蓮見中学校へ入学し、約二カ月たった六月六日土曜日の午後一時。
「清正ァ〜〜キレピカ会へ入れェェェエェェ!」
両手に持ったバリカンをギュインギュインうならせる親父により、俺は自宅リビングのすみへ追い詰められていた。
「嫌だ、絶対に入らない!」
キレピカ会――正式名は『蓮見市をキレイにピカピカにする会』という、歴史ある清掃ボランティア団体だ。
このボランティア団体を運営しているのは、地元の神社・寺・教会の関係者たち。
「ならば父さんと同じ坊主の刑に処す!」
「親父はバリカンいらずの天然坊主だろ!」
親父がくり出してくるバリカンの突きをかわしながら、俺は言い返す。
「くっ、一番言ってはいけないことを言うとは! じゃなくてだな、清正も前は父さんと一緒に、楽しくボランティアしてたじゃないか!」
ツルツル親父の職業はサラリーマン。
しかし生まれが寺の三男な関係で、親父はキレピカ会の会員なんだよね。
そしてそんな親父の息子である俺も、会とは生まれた時から縁がある。
「もう二年以上前の話だろ。あきたんだよ!」
「『あきた』ですませられる話じゃないのは、清正も分かってるだろう? ただでさえ少子化で人手が足りてないんだ。お前みたいな『視える』奴がやらないと、街が煩悩ゴミモンスターだらけになるんだぞ!」
「知るか!」
キレピカ会は表向きには、普通の清掃ボランティア団体、ということになっている。
だけど本当は、俺みたいな霊感がある『視える』人たちが、煩悩と合体したゴミを除去するのが本業なんだよね。
煩悩というのは、悪へかたむいた心の動き――欲望とかのこと。
具体的に言うと、嫉妬や怒り、勉強サボってダラダラしたい……などなど、そういう厄介な気持ちや感情のこと。
そんで、「お寺の鐘百八回ついて煩悩払っちゃお☆」とか、大晦日に言うじゃん。
つまり煩悩は汚れみたいに落とせるし、勝手にぽろっと落ちることもあるワケ。
人からはがれ落ちた煩悩を放置してると、落ちてるゴミと合体して、煩悩ゴミになる。
煩悩ゴミは互いに引きあう性質があり、その性質によってどんどん合体して大きくなる。
最終的に煩悩ゴミはモンスターになって、人間へ害を及ぼす。
以上の理由から、『煩悩ゴミがモンスターになる前に、拾い集めてお焚き上げして、被害をださないようにしようぜ!』という活動を、キレピカ会はしているんだ。
「うわっ! ちょ、待って! ストップ!」
親父があやつるバリカンがかすり、俺の髪がはらりと一筋床へ落ちた。
「観念してキレピカ会へ入るか?」
「にーちゃん。ボクも入るから、一緒に入ろーよ」
仁王像のような顔で入会を強制してくる親父の後ろから、弟の刹がひょいと顔をのぞかせて言った。
「煩悩ゴミ拾いする神職チームは、中学生以上じゃなきゃ入れないだろ。それに刹は視えたり視えなかったりで、能力不安定で危ないから、一緒にボランティアはできないぞ?」
刹は、四捨五入すると百六十センチな兄の俺より背が高い、小六男子。
グレーの長い前髪と、常に黒マスクを装着しているせいで分かりずらいが、刹は結構顔がいい。
そのため「ダウナー系イケメン!」と、女子からひそかに人気がある。
非モテ兄としては少々シャクだが、何かと「にーちゃん」と言って俺をしたってくる、かわいい弟だ。
「そうだけど人手不足だし、何とかなるんじゃない? ね、お父さん?」
刹が親父の顔をのぞきこむと、ようやく親父は俺の頭髪をねらう手を止め、バリカンのスイッチを切った。
助かった! ありがとう、刹! 今度駄菓子屋で何かおごるな。
「どうだろうな。普通の清掃を行う一般人チームへなら大歓迎だろうが、煩悩ゴミモンスターと出会う確率が高い、危険をともなう神職チームはな……本部に聞いてみないと分からん」
「じゃあ聞いてみてよ」
「刹がキレピカ会入っても、俺は入らないから」
「あ゙ぁん?」
ギュィィィイィン!
親父の怒気をはらんだ声とともに、スイッチオンされたバリカンが、再び毛刈りの雄叫びをあげた時。
「お父さん、落ち着いて」
さっきまで台所で食器を洗っていた母さんが現れ、親父の肩に手を置いて言った。
「お父さんはねぇぇぇ、悟りを開けそうなほど落ち着いていますよぉぉぉ!」
「ならバリカンを止めてちょうだい」
母さんの言葉に、親父が子供みたいにほほをふくらませて唇をとがらせながら、バリカンの電源をオフにする。
よっしゃ、逃げよ!――あ、ダメだ。ムリぽい。
母さんが凛とした目で俺を見すえてて、逃げ出せそうにない。
「清正も、自分のことだけじゃなく、この町に住むみんなのことも考えて欲しいな」
「……人手不足なのは分かってるけどさ」
「どうしても入りたくない?」
「なるべく。俺、非力だし……」
「じゃ、こういうのはどう?」
母さんがぱちんと両手を打ちあわせる。
「清正がキレピカ会に入ったら、新しいスマホを買ってあげる」
「マジで?!」
今俺が使ってるスマホは親父のお下がりで、古い。
画面割れてるし、ストレージもパンパンでヤバイ。
だからほぼ毎日、俺は新しいスマホをねだっていたんだけど、すげなく却下されていて――ここでこんな条件を出してくるなんて、完全に俺の足元を見ている……!
「ええ。ただし神職チームに入って、三ヶ月間きちんと清掃ボランティアができてからね」
母さんがにっこり笑う。
「うっ……」
「神職チームでの清掃活動は、どうしてもやりたくないことなのか、三カ月の間に色々考えてみて」
『色々考えて』の、色々って何?
……いやまぁ、思い当たるフシがなくもないんだけど。
「はー……新しいスマホのために、キレピカ会に三カ月だけ入ってやるよ……」
「よく言った清正! それでこそ我が息子! よし、今から本部へ登録しに行くぞ!」
「早っ!」
「にーちゃんが行くなら、ボクも行く!」
大喜びな親父に、俺と刹はキレピカ会本部に連れていかれた。
刹はやはり年齢と霊感が足りないので一般人チームへ、俺は神職チームへ配属となった。
ボランティアなんて二度とやるかと思っていたけど、坊主は嫌だし、新しいスマホは欲しいし。
仕方ないから、三カ月間だけがんばるかぁ。面倒くせぇ。
「清正ァ〜〜キレピカ会へ入れェェェエェェ!」
両手に持ったバリカンをギュインギュインうならせる親父により、俺は自宅リビングのすみへ追い詰められていた。
「嫌だ、絶対に入らない!」
キレピカ会――正式名は『蓮見市をキレイにピカピカにする会』という、歴史ある清掃ボランティア団体だ。
このボランティア団体を運営しているのは、地元の神社・寺・教会の関係者たち。
「ならば父さんと同じ坊主の刑に処す!」
「親父はバリカンいらずの天然坊主だろ!」
親父がくり出してくるバリカンの突きをかわしながら、俺は言い返す。
「くっ、一番言ってはいけないことを言うとは! じゃなくてだな、清正も前は父さんと一緒に、楽しくボランティアしてたじゃないか!」
ツルツル親父の職業はサラリーマン。
しかし生まれが寺の三男な関係で、親父はキレピカ会の会員なんだよね。
そしてそんな親父の息子である俺も、会とは生まれた時から縁がある。
「もう二年以上前の話だろ。あきたんだよ!」
「『あきた』ですませられる話じゃないのは、清正も分かってるだろう? ただでさえ少子化で人手が足りてないんだ。お前みたいな『視える』奴がやらないと、街が煩悩ゴミモンスターだらけになるんだぞ!」
「知るか!」
キレピカ会は表向きには、普通の清掃ボランティア団体、ということになっている。
だけど本当は、俺みたいな霊感がある『視える』人たちが、煩悩と合体したゴミを除去するのが本業なんだよね。
煩悩というのは、悪へかたむいた心の動き――欲望とかのこと。
具体的に言うと、嫉妬や怒り、勉強サボってダラダラしたい……などなど、そういう厄介な気持ちや感情のこと。
そんで、「お寺の鐘百八回ついて煩悩払っちゃお☆」とか、大晦日に言うじゃん。
つまり煩悩は汚れみたいに落とせるし、勝手にぽろっと落ちることもあるワケ。
人からはがれ落ちた煩悩を放置してると、落ちてるゴミと合体して、煩悩ゴミになる。
煩悩ゴミは互いに引きあう性質があり、その性質によってどんどん合体して大きくなる。
最終的に煩悩ゴミはモンスターになって、人間へ害を及ぼす。
以上の理由から、『煩悩ゴミがモンスターになる前に、拾い集めてお焚き上げして、被害をださないようにしようぜ!』という活動を、キレピカ会はしているんだ。
「うわっ! ちょ、待って! ストップ!」
親父があやつるバリカンがかすり、俺の髪がはらりと一筋床へ落ちた。
「観念してキレピカ会へ入るか?」
「にーちゃん。ボクも入るから、一緒に入ろーよ」
仁王像のような顔で入会を強制してくる親父の後ろから、弟の刹がひょいと顔をのぞかせて言った。
「煩悩ゴミ拾いする神職チームは、中学生以上じゃなきゃ入れないだろ。それに刹は視えたり視えなかったりで、能力不安定で危ないから、一緒にボランティアはできないぞ?」
刹は、四捨五入すると百六十センチな兄の俺より背が高い、小六男子。
グレーの長い前髪と、常に黒マスクを装着しているせいで分かりずらいが、刹は結構顔がいい。
そのため「ダウナー系イケメン!」と、女子からひそかに人気がある。
非モテ兄としては少々シャクだが、何かと「にーちゃん」と言って俺をしたってくる、かわいい弟だ。
「そうだけど人手不足だし、何とかなるんじゃない? ね、お父さん?」
刹が親父の顔をのぞきこむと、ようやく親父は俺の頭髪をねらう手を止め、バリカンのスイッチを切った。
助かった! ありがとう、刹! 今度駄菓子屋で何かおごるな。
「どうだろうな。普通の清掃を行う一般人チームへなら大歓迎だろうが、煩悩ゴミモンスターと出会う確率が高い、危険をともなう神職チームはな……本部に聞いてみないと分からん」
「じゃあ聞いてみてよ」
「刹がキレピカ会入っても、俺は入らないから」
「あ゙ぁん?」
ギュィィィイィン!
親父の怒気をはらんだ声とともに、スイッチオンされたバリカンが、再び毛刈りの雄叫びをあげた時。
「お父さん、落ち着いて」
さっきまで台所で食器を洗っていた母さんが現れ、親父の肩に手を置いて言った。
「お父さんはねぇぇぇ、悟りを開けそうなほど落ち着いていますよぉぉぉ!」
「ならバリカンを止めてちょうだい」
母さんの言葉に、親父が子供みたいにほほをふくらませて唇をとがらせながら、バリカンの電源をオフにする。
よっしゃ、逃げよ!――あ、ダメだ。ムリぽい。
母さんが凛とした目で俺を見すえてて、逃げ出せそうにない。
「清正も、自分のことだけじゃなく、この町に住むみんなのことも考えて欲しいな」
「……人手不足なのは分かってるけどさ」
「どうしても入りたくない?」
「なるべく。俺、非力だし……」
「じゃ、こういうのはどう?」
母さんがぱちんと両手を打ちあわせる。
「清正がキレピカ会に入ったら、新しいスマホを買ってあげる」
「マジで?!」
今俺が使ってるスマホは親父のお下がりで、古い。
画面割れてるし、ストレージもパンパンでヤバイ。
だからほぼ毎日、俺は新しいスマホをねだっていたんだけど、すげなく却下されていて――ここでこんな条件を出してくるなんて、完全に俺の足元を見ている……!
「ええ。ただし神職チームに入って、三ヶ月間きちんと清掃ボランティアができてからね」
母さんがにっこり笑う。
「うっ……」
「神職チームでの清掃活動は、どうしてもやりたくないことなのか、三カ月の間に色々考えてみて」
『色々考えて』の、色々って何?
……いやまぁ、思い当たるフシがなくもないんだけど。
「はー……新しいスマホのために、キレピカ会に三カ月だけ入ってやるよ……」
「よく言った清正! それでこそ我が息子! よし、今から本部へ登録しに行くぞ!」
「早っ!」
「にーちゃんが行くなら、ボクも行く!」
大喜びな親父に、俺と刹はキレピカ会本部に連れていかれた。
刹はやはり年齢と霊感が足りないので一般人チームへ、俺は神職チームへ配属となった。
ボランティアなんて二度とやるかと思っていたけど、坊主は嫌だし、新しいスマホは欲しいし。
仕方ないから、三カ月間だけがんばるかぁ。面倒くせぇ。



