嫌だ。見たくない、聞きたくない。でも、そんなこと思う資格なんてもう私にはない。
東は私の彼氏じゃない。振られたんだから、関係ない。
関係ないはずなのに。胸の痛みだけは消えてくれなかった。
私は唇をぎゅっと噛みしめる。そして近づいてくる東から逃げるように、一歩後ろへ下がった。
近くにいたら駄目だ。東が近くにいるだけで心臓がおかしくなる。
目が合うだけで苦しい。声を聞くだけで嬉しくなってしまう。そんな自分が嫌だった。
「わ、私……行くから」
なるべく顔を見ないようにして、東の横を通り過ぎようとする。
逃げよう、早く。そう思ったのに。
「待って、西宮」
ぎゅっと左手首を掴まれた。その瞬間、身体がびくりと震える。
「……っ」
少し体温の低い、東の手だ。たったそれだけのことなのに、心臓がうるさいくらい暴れ出した。
やめてよ。こんなの反則だ。こんな人がたくさんいる場所で。
東がどれだけ目立つ存在か自分で分かってるくせに…!
そう言って振り払いたいのに、振り払わなきゃいけないのに。
できない。全然できない。意気地なしだ、私は。
本当なら離れたいはずなのに、忘れたいはずなのに、触れられて嬉しいなんて思ってしまっている。
最低だ。こんな状況なのに喜んでしまう自分が情けない。でもどうしようもない。この心臓は東だけにはとことん弱いらしい。



