月曜日の朝。セーラー服を着た私は、ソワソワしながら海沿いの遊歩道を歩いていた。
「新しい学校、緊張するなぁ……」
今日から、新しい中学校に転校する。楽しみな反面、不安もあった。
みんなの前でちゃんと自己紹介できるかな? 同じクラスで友達できるかな? 授業についていけるかな?
学校に着く前から、次々と不安なことが積み重なってきた。
だけど、暗い顔をしていたらダメだ! 最初が肝心なんだから、明るく振る舞わないと!
よしっと意気込んでから、学校までの道のりを急いだ。
十分ほど歩いていると、三階建ての白い校舎が見えてくる。これから通う、白波中学校だ!
校門に近付くと、生徒たちの中でもひときわ目立つ子の存在に気付いた。
さっぱりしたショートカットに、小麦色の肌。一瞬男の子かと思ったけど、セーラー服を着ているから女の子だ。
「キレイな子。手足も長くて、モデルさんみたい」
ぽーっと見惚れていると、周囲を見回していた女の子とぱちっと目が合う。手元の書類と私を交互に見比べたあとに、こちらへ走ってきた。
「もしかして、転校生の倉木さん?」
「は、はい、そうです! 倉木海叶です」
突然話しかけられたことにびっくりしながらも、どうにか自己紹介をする。
すると彼女は、きりっとした顔を緩ませてやさしく微笑んだ。
「私は、青島英衣。倉木さんと同じクラスで、クラス委員をしているんだ。気軽にエイって呼んでね」
「う、うん! よろしくね」
さっそく知り合いができてよかった。ほっと胸を撫でおろしていると、エイちゃんが校舎へ向かって歩き出す。
「職員室まで案内するね。ついてきて」
「お願いします!」
一人だったら足が竦んでいただろうけど、エイちゃんと一緒なら心強い。校門で待ってくれていたことには、大感謝だよ!
周囲からちょっとだけ注目されながら、私たちは校舎に入った。
エイちゃんに案内されながら、廊下を歩いていると、何気なく話を振られる。
「倉木さんは、東京から来たんだっけ? こっちは何もないから驚いたでしょ?」
「そんなことないよ! キレイな海があるじゃん。私はそれだけで十分」
おしゃれなカフェやカラオケよりも、私は海の方がずっと魅力的に思える。
窓から見える清々しい海を眺めていると、隣を歩いていたエイちゃんがぴたりと足を止めた。
「もしかして倉木さん、海好きなの?」
「うん! 海は好きだし、海の生き物も大好きだよ」
熱を込めて伝えると、エイちゃんの瞳がキランと輝く。
「一緒~! 私も海の生き物が好きで、将来はダイバーになりたいと思ってるんだ」
「うそ! エイちゃんも海の生き物が好きなんだ!」
意外な共通点を見つけて、テンションが上がる。
海の生き物が好きな子に会えたのは初めてだから、感動だよ~!
「ダイバー、カッコいいね! 海の中に潜るのも憧れるな!」
「うち、ダイビングショップをやってるんだ。体験もやってるから、興味あったら遊びにおいで」
「本当⁉ 行きたいな!」
海の中に潜って魚を観察するなんて、想像しているだけで胸が躍る。
おばあちゃんたちにOKしてもらえたら、参加してみようかな。
海の生き物が好きという共通点が見つかったことで、エイちゃんとはあっという間に打ち解けた。
「失礼しまーす」
エイちゃんと一緒に職員室にやってくると、意外な光景が飛び込んできた。
「え? みんな、どうしてここに……」
眼鏡をかけた男の先生の周りには、ヒサメくん、ギンガくん、シロカくん、カナメくんがいる。
四人とも、白シャツに黒いズボンを着ている。あれって、白波中学校の制服だよね? どういうこと?
「あの四人はだれ? うちの学校には、あんなイケメンはいないはずだけど……」
エイちゃんが警戒するように眉を顰めている。その言葉で、サアッと血の気が引いた。
本当のことを話すわけにはいかないよね? どうしようと入口で立ち尽くしていると、私たちに気付いた先生が軽く手を挙げる。
「おー、青島! それに転校生の倉木か。紹介したい生徒がいるから、こっちおいで」
私とエイちゃんは顔を見合わせてから、先生のもとへ駆け寄った。
「おはようございます、海老原先生。その人たちは?」
「今日からこの学校に通うことになった留学生たちだ」
「「留学生!?」」
私とエイちゃんは、声を揃えて驚いてしまった。
ダイオウイカのお兄さんからは『学校に潜入せよ』とミッションを与えられていたけど、まさか留学生としてやってくるなんて……。
エイちゃんも、突然紹介された留学生に不信感MAXだ。
「留学生なんて、初めて聞きましたけど」
「先生も今朝、知らされてびっくりしたんだ。なんでも、ダイオールイーカアカデミーに通う優秀な生徒たちだそうだ」
ダイオールイーカアカデミーって、なに⁉ そんな学校聞いたことないけど⁉
「急なことで驚いただろうけど、せっかく遠い国から来てくれたんだ。クラスメイトとして、仲良くしてやってくれ」
先生は受け入れちゃってるけど、私は全然ついていけないよ~!
オロオロしていると、ヒサメくんが近くに寄ってきて耳打ちしてくれた。
「ダイオウイカの魔法で、俺たちは留学生ってことになっているんだ。悪いんだけど、話を合わせてもらえるか?」
ええ⁉ 魔法で留学生として潜入させるって、すごくない?
いや、驚くのはあとだ! 今は話を合わせよう!
「は、はじめまして。倉木海叶です。よろしくね。留学生くんたち」
ぎこちない笑顔で挨拶をすると、ギンガくん、カナメくん、シロカくんも私と向き合った。
「俺たちのミッションを邪魔すんなよ、クラゲ」
「ク~ラ~ゲちゃ~ん。ガッコー、楽しみだね~」
「クラゲちゃん、僕より目立つのは禁止だからね」
「う、うん……」
苦笑いを浮かべながらうなずいていると、エイちゃんが首をかしげる。
「クラゲちゃん?」
その一言で、マズイっと背筋が凍りつく。初対面なのに、みんながクラゲって呼んでいるのは変だよね?
「えっと、倉木だからクラゲなのかな? あははー」
咄嗟に、今つけたあだ名ということにする。エイちゃんは、納得したようにうなづいていた。
「確かに海外の人だと日本の苗字は、聞き取れないこともあるからね」
「う、うん! 私はクラゲでも全然オッケーだから!」
ぐっと拳を握りながらクラゲ呼びを受け入れると、エイちゃんがちらっと私の顔を見つめた。
「クラゲって、カワイイあだ名だから、私も呼んでいい?」
「エイちゃんも? もちろん、いいよ!」
OKすると、エイちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。あらためて、よろしくね。クラゲ」
「こちらこそ、よろしくね!」
新しい学校は不安だったけど、共通の趣味があるエイちゃんと仲良くなれた。
ヒサメくんたちが、留学生としてやってきたのは予想外だったけど、とりあえずは学校に溶け込めそうだ。
転校初日、悪くないスタートだよね!
休み時間にエイちゃんとお話していると、四人組の華やかな女の子が集まってきた。
「ねえねえ、倉木さんって、東京から来たんでしょ?」
「髪もゆるふわウェーブでカワイイね! 都会の子って感じ~」
「芸能人のお友達とかいる?」
「もしいたら、繋いでほしい! なーんてね」
四人からぐいぐいっと詰め寄られて、びっくり! だけど、話しかけてくれたのは嬉しいな。
「うん。前は東京の学校に通っていたよ。芸能人のお友達は、残念ながらいないかなぁ」
眉を下げながら伝えると、女の子たちは「そっかぁ……」と肩を落とす。
あれ? もしかして、期待外れだって思われちゃったかな?
ソワソワしながらみんなの反応を見ていると、エイちゃんが助け船を出してくれる。
「東京育ちだからって、みんなが芸能人とお近づきになれるわけないでしょ」
「まあ、それもそっか。ごめんねー、変なこと聞いて」
「ううん、全然!」
とりあえず、期待外れとは思われていないようでよかった。
「芸能人の知り合いなら、あの人たちの方がいそうだけど」
エイちゃんが、ふいっと窓際の席に視線を向ける。そこには楽し気におしゃべりをしているヒサメくんたちがいた。
太陽のせいかもしれないけど、あの一角だけ輝いて見える。まるで学園ドラマの撮影をしているようだ。
「あの人たちって、留学生くんたちのこと?」
「そう。話しかけてくれば?」
エイちゃんが何気なく提案すると、女の子たちは「ムリムリッ!」と全力で首を振っていた。
「気安く話しかけられないよ!」
「さっきも男子が話しかけようとしたら、『作戦会議中だ。邪魔すんな』って睨まれていたし」
女の子たちは、くぅんと仔犬のような目でヒサメくんたちを見つめている。
なんだか、初日から、雲の上の存在みたいな扱いになっているような……。
まあ、あんなにインパクトのある自己紹介をされたら、気になってしまうのもわかるけどね。
私の頭の中では、朝のHRでの出来事が蘇ってきた。
『はじめまして、南の海からやってきました、ヒサメです』
海の王子さまのようなキラキラスマイルを浮かべるヒサメくん。
『ギンガだ。お前らと慣れ合うつもりはないから』
南極の氷のような瞳で、みんなを睨みつけるギンガくん。
『カナメで~す。ゆるる~っとがんばりま~す』
左右にゆらゆら揺れながら、まったり挨拶するカナメくん。
『シロカです! みんなのハートを打ち抜いちゃうよ☆』
アイドルのようにぱちんっとウインクするシロカくん。
最初の自己紹介で、四人は強烈なインパクトを残した。
そんなみんなのあとに、私がフツーの自己紹介をするのは、とても勇気のいることだったよ……。
朝の出来事を思い返しているうちにも、女の子たちはきゃっきゃと話を続けている。
「留学生くんたちってさ、アイドルみたいだよね!」
「わかる! シロカくんとか、ステラのウイくんっぽいし! 推しが学校に来た⁉ って超びっくりした~!」
「私は、ギンガくんが気になる! ツンツンしているけど、デレたら沼りそう」
「私は、カナメくんと仲良くなりたいな! ザ・癒し系だよね~」
すごい、みんな大人気だ!
実は彼らは海の生き物デス、なんて知ったらみんな卒倒しちゃうんだろうな。
遠巻きからヒサメくんたちを見つめていると、偶然にも目が合う。こちらを見たヒサメくんは、ふわりと穏やかな笑顔を浮かべた。
「「「「きゃ~~!!」」」」
女の子たちが、黄色い悲鳴を上げる。その声につられるように、他の三人もこちらを見た。
ギンガくんは、すぐにそっぽを向いてしまったが、カナメくんとシロカくんはコソコソッと内緒話をしている。その直後、私たちに向かって手を振った。
「みんな~、どうしたの~」
「そんな遠くで見てないで、一緒におしゃべりしようよ!」
癒しオーラいっぱいで手を振るカナメくんに、あざとカワイイ笑顔を浮かべるシロカくん。
そんな彼らの姿を見て、女の子たちはへなへなと床に倒れ込んでしまった。
「ファンサされた」
「カッコよすぎてムリ」
「尊死」
「火力強すぎー」
なんだか、ハートの矢が胸を打ち抜く幻覚が見えたような……。気のせいかな?
エイちゃんはやれやれと肩を竦めている。
「鈴木さんたちには、留学生くんの輝きは刺激が強すぎたみたいだね」
「だ、大丈夫かな?」
「休み時間が終われば、回復するでしょ」
そうだといいけど……。
床に倒れる女の子たちを心配していると、カナメくんとシロカくんがハイタッチを交わす。
「四人倒した~!」
「笑顔で倒せるなんて、ニンゲンってちょろいね」
そんな二人の隣で、ギンガくんも満足げにうなずいている。
「この調子なら、海を汚す子どもを消すっていうミッションもクリアできそうだな」
うーん。それだとニンゲンを消すことにはならないけど……まあ、いいか。
ハートを打ち抜く=倒すということなら、危ないことにはならないだろうし。
みんなをダマしているようで申し訳ないけど、これもニンゲンたちを守るためだ。このままカン違いしていてもらおう。
転校初日はあっという間に過ぎ、帰りの時間になる。
「バイバイ、クラゲ」
「うん、バイバイ! エイちゃん」
帰りのHRが終わった後、私は早足で教室から飛び出した。
昇降口に向かう生徒たちの波に逆らって、校舎の南側へ行く。
今日は寄っておきたいところがあるんだ。暗くなる前に、急いで用事を済ませよう。
校舎の南側の三階に、目的の場所があった。
「ここだ。図書室」
引き戸を開けると、インクと紙の匂いが混じった独特の空気に包まれる。
しんっと静まり返った雰囲気を壊さないように、 私はそっと室内に入った。
本棚を見回しながら奥へ進んでいき、『環境』と分類されたコーナーで足を止める。
今日は、海洋汚染についての本を借りようと思っていたんだ。
――海の生き物も、ニンゲンも、安心して暮らせる方法を一緒に探そう。
ヒサメくんと約束したけど、私自身、海の中で何が起こっているのかはよくわかっていない。だからまずは、今起きていることを知ろうと思ったんだ。
ぎっしり詰まった本棚から、目的の本を探す。背表紙を眺めながら、本棚の前をうろうろしていると、とんっと誰かに肩を叩かれた。
「えっ⁉」
うっかり大声を出してしまったところで、誰かに口をふさがれる。顔を上げると、ヒサメくんがいた。
どうしてここに、ヒサメくんが? そう声をかけようとしたところで、ヒサメくんが「しぃー」と口元に人差し指をそえる。
「図書室では静かに。クラゲが教えてくれたんでしょ?」
あ、そうだった……。
昼休みに、私とエイちゃんで学校のルールをヒサメくんたちに教えていたんだ。その中で、図書館での過ごし方も教えたんだっけ。
こくこくと頷くと、ヒサメくんはにっこり微笑んだあとに、手を離してくれた。
私は周り見回してから、小声でヒサメくんに話しかける。
「ヒサメくん、どうしてここに?」
「クラゲがみんなと反対方向に歩いて行ったから、気になって」
もしかして、心配させちゃったのかな? 迷子になったのかと疑われたのかも。
「ごめんね、心配かけて。図書室で本を借りたかっただけだから」
「なんの本を借りるの?」
「海洋汚染の本だよ。海の中で何が起こっているのか、もっと知りたくて」
そう伝えると、ヒサメくんは驚いたように瞳を見開く。
あれ? 私が海洋汚染の本を借りるのは意外だったのかな? ダメってことは、ないと思うけど。
ビミョーにできた沈黙に困惑していると、ヒサメくんはふわりと柔らかく微笑んだ。
「俺も探すの手伝うよ」
「ホント? 助かるよ!」
一人よりも、二人で探した方が早く見つかりそうだ。さっそく協力をお願いしてから、一緒に本棚を見て回った。
「あ、一番上の本棚に、海洋汚染って書いてある本がある」
うーんっと手を伸ばしたが、届かない。踏み台を持ってこようかと思ったところで、ヒサメくんがひょいっと本を取ってくれた。
「これ?」
「そう。ありがとう」
ヒサメくんは背が高いから、踏み台なしでも届くのか。助かるなぁ。
「他にも気になる本があったら言って。高い場所にある本は、俺が取るよ」
「助かる~! あ、あの本も取ってほしいな」
「オッケー」
その後もいくつか気になる本を選んで、カウンターで貸出の手続きをしてもらった。
学校から出た後、海沿いの遊歩道をヒサメくんと並んで歩く。陽が傾いたことで、海はオレンジ色に染まっていた。
「ヒサメくんが協力してくれたおかげで、よさそうな本が借りられたよ。ありがとう」
「ううん、お礼を言わないといけないのは俺の方だよ。本を借りて、海の仲間たちの問題を知ろうとしてくれて、ありがとう」
「そんな……私はまだ何もしてないし」
海の生き物のことも、海洋汚染のことも、まだまだ知らないことだらけだ。だからこれから勉強して、自分にできることを探していきたかった。
「知ろうとしてくれるだけでも、うれしいんだよ」
ふと隣を見ると、ヒサメくんの髪が海風でさらりと揺れている。マリンブルーの瞳は、とろけるような甘さを含んで、私を見つめていた。
トクンと心臓が高鳴る。私は慌てて目を逸らした。
「あ、あんまり遅くなるとおばあちゃんが心配するから、早く帰ろう……」
「うん、そうだね」
ヒサメくんはうなずくと、海を眺めながら歩き出した。その後ろで、私はぎゅっと胸を押さえる。
なんだろう、さっきの? ヒサメくんに見つめられただけで、心臓が変になったような……。
気のせい、だよね? うん、そうだ。そうに決まっている。
さっきまでのことはなかったことにして、夕暮れどきの海沿いの道を早足で歩いた。
「新しい学校、緊張するなぁ……」
今日から、新しい中学校に転校する。楽しみな反面、不安もあった。
みんなの前でちゃんと自己紹介できるかな? 同じクラスで友達できるかな? 授業についていけるかな?
学校に着く前から、次々と不安なことが積み重なってきた。
だけど、暗い顔をしていたらダメだ! 最初が肝心なんだから、明るく振る舞わないと!
よしっと意気込んでから、学校までの道のりを急いだ。
十分ほど歩いていると、三階建ての白い校舎が見えてくる。これから通う、白波中学校だ!
校門に近付くと、生徒たちの中でもひときわ目立つ子の存在に気付いた。
さっぱりしたショートカットに、小麦色の肌。一瞬男の子かと思ったけど、セーラー服を着ているから女の子だ。
「キレイな子。手足も長くて、モデルさんみたい」
ぽーっと見惚れていると、周囲を見回していた女の子とぱちっと目が合う。手元の書類と私を交互に見比べたあとに、こちらへ走ってきた。
「もしかして、転校生の倉木さん?」
「は、はい、そうです! 倉木海叶です」
突然話しかけられたことにびっくりしながらも、どうにか自己紹介をする。
すると彼女は、きりっとした顔を緩ませてやさしく微笑んだ。
「私は、青島英衣。倉木さんと同じクラスで、クラス委員をしているんだ。気軽にエイって呼んでね」
「う、うん! よろしくね」
さっそく知り合いができてよかった。ほっと胸を撫でおろしていると、エイちゃんが校舎へ向かって歩き出す。
「職員室まで案内するね。ついてきて」
「お願いします!」
一人だったら足が竦んでいただろうけど、エイちゃんと一緒なら心強い。校門で待ってくれていたことには、大感謝だよ!
周囲からちょっとだけ注目されながら、私たちは校舎に入った。
エイちゃんに案内されながら、廊下を歩いていると、何気なく話を振られる。
「倉木さんは、東京から来たんだっけ? こっちは何もないから驚いたでしょ?」
「そんなことないよ! キレイな海があるじゃん。私はそれだけで十分」
おしゃれなカフェやカラオケよりも、私は海の方がずっと魅力的に思える。
窓から見える清々しい海を眺めていると、隣を歩いていたエイちゃんがぴたりと足を止めた。
「もしかして倉木さん、海好きなの?」
「うん! 海は好きだし、海の生き物も大好きだよ」
熱を込めて伝えると、エイちゃんの瞳がキランと輝く。
「一緒~! 私も海の生き物が好きで、将来はダイバーになりたいと思ってるんだ」
「うそ! エイちゃんも海の生き物が好きなんだ!」
意外な共通点を見つけて、テンションが上がる。
海の生き物が好きな子に会えたのは初めてだから、感動だよ~!
「ダイバー、カッコいいね! 海の中に潜るのも憧れるな!」
「うち、ダイビングショップをやってるんだ。体験もやってるから、興味あったら遊びにおいで」
「本当⁉ 行きたいな!」
海の中に潜って魚を観察するなんて、想像しているだけで胸が躍る。
おばあちゃんたちにOKしてもらえたら、参加してみようかな。
海の生き物が好きという共通点が見つかったことで、エイちゃんとはあっという間に打ち解けた。
「失礼しまーす」
エイちゃんと一緒に職員室にやってくると、意外な光景が飛び込んできた。
「え? みんな、どうしてここに……」
眼鏡をかけた男の先生の周りには、ヒサメくん、ギンガくん、シロカくん、カナメくんがいる。
四人とも、白シャツに黒いズボンを着ている。あれって、白波中学校の制服だよね? どういうこと?
「あの四人はだれ? うちの学校には、あんなイケメンはいないはずだけど……」
エイちゃんが警戒するように眉を顰めている。その言葉で、サアッと血の気が引いた。
本当のことを話すわけにはいかないよね? どうしようと入口で立ち尽くしていると、私たちに気付いた先生が軽く手を挙げる。
「おー、青島! それに転校生の倉木か。紹介したい生徒がいるから、こっちおいで」
私とエイちゃんは顔を見合わせてから、先生のもとへ駆け寄った。
「おはようございます、海老原先生。その人たちは?」
「今日からこの学校に通うことになった留学生たちだ」
「「留学生!?」」
私とエイちゃんは、声を揃えて驚いてしまった。
ダイオウイカのお兄さんからは『学校に潜入せよ』とミッションを与えられていたけど、まさか留学生としてやってくるなんて……。
エイちゃんも、突然紹介された留学生に不信感MAXだ。
「留学生なんて、初めて聞きましたけど」
「先生も今朝、知らされてびっくりしたんだ。なんでも、ダイオールイーカアカデミーに通う優秀な生徒たちだそうだ」
ダイオールイーカアカデミーって、なに⁉ そんな学校聞いたことないけど⁉
「急なことで驚いただろうけど、せっかく遠い国から来てくれたんだ。クラスメイトとして、仲良くしてやってくれ」
先生は受け入れちゃってるけど、私は全然ついていけないよ~!
オロオロしていると、ヒサメくんが近くに寄ってきて耳打ちしてくれた。
「ダイオウイカの魔法で、俺たちは留学生ってことになっているんだ。悪いんだけど、話を合わせてもらえるか?」
ええ⁉ 魔法で留学生として潜入させるって、すごくない?
いや、驚くのはあとだ! 今は話を合わせよう!
「は、はじめまして。倉木海叶です。よろしくね。留学生くんたち」
ぎこちない笑顔で挨拶をすると、ギンガくん、カナメくん、シロカくんも私と向き合った。
「俺たちのミッションを邪魔すんなよ、クラゲ」
「ク~ラ~ゲちゃ~ん。ガッコー、楽しみだね~」
「クラゲちゃん、僕より目立つのは禁止だからね」
「う、うん……」
苦笑いを浮かべながらうなずいていると、エイちゃんが首をかしげる。
「クラゲちゃん?」
その一言で、マズイっと背筋が凍りつく。初対面なのに、みんながクラゲって呼んでいるのは変だよね?
「えっと、倉木だからクラゲなのかな? あははー」
咄嗟に、今つけたあだ名ということにする。エイちゃんは、納得したようにうなづいていた。
「確かに海外の人だと日本の苗字は、聞き取れないこともあるからね」
「う、うん! 私はクラゲでも全然オッケーだから!」
ぐっと拳を握りながらクラゲ呼びを受け入れると、エイちゃんがちらっと私の顔を見つめた。
「クラゲって、カワイイあだ名だから、私も呼んでいい?」
「エイちゃんも? もちろん、いいよ!」
OKすると、エイちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。あらためて、よろしくね。クラゲ」
「こちらこそ、よろしくね!」
新しい学校は不安だったけど、共通の趣味があるエイちゃんと仲良くなれた。
ヒサメくんたちが、留学生としてやってきたのは予想外だったけど、とりあえずは学校に溶け込めそうだ。
転校初日、悪くないスタートだよね!
休み時間にエイちゃんとお話していると、四人組の華やかな女の子が集まってきた。
「ねえねえ、倉木さんって、東京から来たんでしょ?」
「髪もゆるふわウェーブでカワイイね! 都会の子って感じ~」
「芸能人のお友達とかいる?」
「もしいたら、繋いでほしい! なーんてね」
四人からぐいぐいっと詰め寄られて、びっくり! だけど、話しかけてくれたのは嬉しいな。
「うん。前は東京の学校に通っていたよ。芸能人のお友達は、残念ながらいないかなぁ」
眉を下げながら伝えると、女の子たちは「そっかぁ……」と肩を落とす。
あれ? もしかして、期待外れだって思われちゃったかな?
ソワソワしながらみんなの反応を見ていると、エイちゃんが助け船を出してくれる。
「東京育ちだからって、みんなが芸能人とお近づきになれるわけないでしょ」
「まあ、それもそっか。ごめんねー、変なこと聞いて」
「ううん、全然!」
とりあえず、期待外れとは思われていないようでよかった。
「芸能人の知り合いなら、あの人たちの方がいそうだけど」
エイちゃんが、ふいっと窓際の席に視線を向ける。そこには楽し気におしゃべりをしているヒサメくんたちがいた。
太陽のせいかもしれないけど、あの一角だけ輝いて見える。まるで学園ドラマの撮影をしているようだ。
「あの人たちって、留学生くんたちのこと?」
「そう。話しかけてくれば?」
エイちゃんが何気なく提案すると、女の子たちは「ムリムリッ!」と全力で首を振っていた。
「気安く話しかけられないよ!」
「さっきも男子が話しかけようとしたら、『作戦会議中だ。邪魔すんな』って睨まれていたし」
女の子たちは、くぅんと仔犬のような目でヒサメくんたちを見つめている。
なんだか、初日から、雲の上の存在みたいな扱いになっているような……。
まあ、あんなにインパクトのある自己紹介をされたら、気になってしまうのもわかるけどね。
私の頭の中では、朝のHRでの出来事が蘇ってきた。
『はじめまして、南の海からやってきました、ヒサメです』
海の王子さまのようなキラキラスマイルを浮かべるヒサメくん。
『ギンガだ。お前らと慣れ合うつもりはないから』
南極の氷のような瞳で、みんなを睨みつけるギンガくん。
『カナメで~す。ゆるる~っとがんばりま~す』
左右にゆらゆら揺れながら、まったり挨拶するカナメくん。
『シロカです! みんなのハートを打ち抜いちゃうよ☆』
アイドルのようにぱちんっとウインクするシロカくん。
最初の自己紹介で、四人は強烈なインパクトを残した。
そんなみんなのあとに、私がフツーの自己紹介をするのは、とても勇気のいることだったよ……。
朝の出来事を思い返しているうちにも、女の子たちはきゃっきゃと話を続けている。
「留学生くんたちってさ、アイドルみたいだよね!」
「わかる! シロカくんとか、ステラのウイくんっぽいし! 推しが学校に来た⁉ って超びっくりした~!」
「私は、ギンガくんが気になる! ツンツンしているけど、デレたら沼りそう」
「私は、カナメくんと仲良くなりたいな! ザ・癒し系だよね~」
すごい、みんな大人気だ!
実は彼らは海の生き物デス、なんて知ったらみんな卒倒しちゃうんだろうな。
遠巻きからヒサメくんたちを見つめていると、偶然にも目が合う。こちらを見たヒサメくんは、ふわりと穏やかな笑顔を浮かべた。
「「「「きゃ~~!!」」」」
女の子たちが、黄色い悲鳴を上げる。その声につられるように、他の三人もこちらを見た。
ギンガくんは、すぐにそっぽを向いてしまったが、カナメくんとシロカくんはコソコソッと内緒話をしている。その直後、私たちに向かって手を振った。
「みんな~、どうしたの~」
「そんな遠くで見てないで、一緒におしゃべりしようよ!」
癒しオーラいっぱいで手を振るカナメくんに、あざとカワイイ笑顔を浮かべるシロカくん。
そんな彼らの姿を見て、女の子たちはへなへなと床に倒れ込んでしまった。
「ファンサされた」
「カッコよすぎてムリ」
「尊死」
「火力強すぎー」
なんだか、ハートの矢が胸を打ち抜く幻覚が見えたような……。気のせいかな?
エイちゃんはやれやれと肩を竦めている。
「鈴木さんたちには、留学生くんの輝きは刺激が強すぎたみたいだね」
「だ、大丈夫かな?」
「休み時間が終われば、回復するでしょ」
そうだといいけど……。
床に倒れる女の子たちを心配していると、カナメくんとシロカくんがハイタッチを交わす。
「四人倒した~!」
「笑顔で倒せるなんて、ニンゲンってちょろいね」
そんな二人の隣で、ギンガくんも満足げにうなずいている。
「この調子なら、海を汚す子どもを消すっていうミッションもクリアできそうだな」
うーん。それだとニンゲンを消すことにはならないけど……まあ、いいか。
ハートを打ち抜く=倒すということなら、危ないことにはならないだろうし。
みんなをダマしているようで申し訳ないけど、これもニンゲンたちを守るためだ。このままカン違いしていてもらおう。
転校初日はあっという間に過ぎ、帰りの時間になる。
「バイバイ、クラゲ」
「うん、バイバイ! エイちゃん」
帰りのHRが終わった後、私は早足で教室から飛び出した。
昇降口に向かう生徒たちの波に逆らって、校舎の南側へ行く。
今日は寄っておきたいところがあるんだ。暗くなる前に、急いで用事を済ませよう。
校舎の南側の三階に、目的の場所があった。
「ここだ。図書室」
引き戸を開けると、インクと紙の匂いが混じった独特の空気に包まれる。
しんっと静まり返った雰囲気を壊さないように、 私はそっと室内に入った。
本棚を見回しながら奥へ進んでいき、『環境』と分類されたコーナーで足を止める。
今日は、海洋汚染についての本を借りようと思っていたんだ。
――海の生き物も、ニンゲンも、安心して暮らせる方法を一緒に探そう。
ヒサメくんと約束したけど、私自身、海の中で何が起こっているのかはよくわかっていない。だからまずは、今起きていることを知ろうと思ったんだ。
ぎっしり詰まった本棚から、目的の本を探す。背表紙を眺めながら、本棚の前をうろうろしていると、とんっと誰かに肩を叩かれた。
「えっ⁉」
うっかり大声を出してしまったところで、誰かに口をふさがれる。顔を上げると、ヒサメくんがいた。
どうしてここに、ヒサメくんが? そう声をかけようとしたところで、ヒサメくんが「しぃー」と口元に人差し指をそえる。
「図書室では静かに。クラゲが教えてくれたんでしょ?」
あ、そうだった……。
昼休みに、私とエイちゃんで学校のルールをヒサメくんたちに教えていたんだ。その中で、図書館での過ごし方も教えたんだっけ。
こくこくと頷くと、ヒサメくんはにっこり微笑んだあとに、手を離してくれた。
私は周り見回してから、小声でヒサメくんに話しかける。
「ヒサメくん、どうしてここに?」
「クラゲがみんなと反対方向に歩いて行ったから、気になって」
もしかして、心配させちゃったのかな? 迷子になったのかと疑われたのかも。
「ごめんね、心配かけて。図書室で本を借りたかっただけだから」
「なんの本を借りるの?」
「海洋汚染の本だよ。海の中で何が起こっているのか、もっと知りたくて」
そう伝えると、ヒサメくんは驚いたように瞳を見開く。
あれ? 私が海洋汚染の本を借りるのは意外だったのかな? ダメってことは、ないと思うけど。
ビミョーにできた沈黙に困惑していると、ヒサメくんはふわりと柔らかく微笑んだ。
「俺も探すの手伝うよ」
「ホント? 助かるよ!」
一人よりも、二人で探した方が早く見つかりそうだ。さっそく協力をお願いしてから、一緒に本棚を見て回った。
「あ、一番上の本棚に、海洋汚染って書いてある本がある」
うーんっと手を伸ばしたが、届かない。踏み台を持ってこようかと思ったところで、ヒサメくんがひょいっと本を取ってくれた。
「これ?」
「そう。ありがとう」
ヒサメくんは背が高いから、踏み台なしでも届くのか。助かるなぁ。
「他にも気になる本があったら言って。高い場所にある本は、俺が取るよ」
「助かる~! あ、あの本も取ってほしいな」
「オッケー」
その後もいくつか気になる本を選んで、カウンターで貸出の手続きをしてもらった。
学校から出た後、海沿いの遊歩道をヒサメくんと並んで歩く。陽が傾いたことで、海はオレンジ色に染まっていた。
「ヒサメくんが協力してくれたおかげで、よさそうな本が借りられたよ。ありがとう」
「ううん、お礼を言わないといけないのは俺の方だよ。本を借りて、海の仲間たちの問題を知ろうとしてくれて、ありがとう」
「そんな……私はまだ何もしてないし」
海の生き物のことも、海洋汚染のことも、まだまだ知らないことだらけだ。だからこれから勉強して、自分にできることを探していきたかった。
「知ろうとしてくれるだけでも、うれしいんだよ」
ふと隣を見ると、ヒサメくんの髪が海風でさらりと揺れている。マリンブルーの瞳は、とろけるような甘さを含んで、私を見つめていた。
トクンと心臓が高鳴る。私は慌てて目を逸らした。
「あ、あんまり遅くなるとおばあちゃんが心配するから、早く帰ろう……」
「うん、そうだね」
ヒサメくんはうなずくと、海を眺めながら歩き出した。その後ろで、私はぎゅっと胸を押さえる。
なんだろう、さっきの? ヒサメくんに見つめられただけで、心臓が変になったような……。
気のせい、だよね? うん、そうだ。そうに決まっている。
さっきまでのことはなかったことにして、夕暮れどきの海沿いの道を早足で歩いた。


