まもるよ! マリンフレンド

 海沿いの遊歩道を真っすぐ歩いていくと、青い屋根の平屋が見えてきた。おばあちゃんちだ。

「おばあちゃーん! 海叶だよ! 入るね~」

 ガラガラと玄関の戸を開けながら呼びかけると、廊下の先から足音が聞こえてくる。

「海叶、いらっしゃい。待ってたよ」

 おばあちゃんは、目もとに笑いジワを寄せながら、あたたかな笑顔で迎えてくれた。
 電話ではときどき話していたけど、直接会うのは三年ぶりだ。元気そうな顔を見て、ホッとした。

「電話がかかってきてから、ずいぶん時間が経っていたけど、迷っていたのかい?」

 おばあちゃんから聞かれて、ギクッと口元を引きつらせる。
 途中でヒサメくんたちとお喋りしていたから、遅くなってしまったんだけど……。
 海の生き物がニンゲンになったなんて話をしても、おばあちゃんを驚かせてしまうだけだよね? 内緒にしておいた方がいいかも。

「えっと、海を見ながらのんびり歩いていたら、遅くなっちゃった」
「そうかい。白波海岸の海は、穏やかでキレイだからね。見惚れてしまうのもわかるよ」
「あははー」

 納得してくれたようでよかった。

「さあ、玄関で立ち話もなんだから、中へお入り」
「うん。お邪魔しまーす」

 靴を脱いで上がろうとしたところで、おばあちゃんは笑いながら首を振った。

「『お邪魔します』じゃなくて『ただいま』でいいんだよ。今日からは、ここが海叶の家なんだから」
「あ……」

 そうだった。今日から私は、この家で暮らすんだ。うっかりいつもの調子で、お邪魔しますって言っちゃった。

「た、ただいま」

 もう一度、言い直してみる。まだ慣れていないから、胸の奥がくすぐったい感じがするな。

「はい。おかえり」

 おばあちゃんにもう一度微笑みかけられたことで、胸の奥がぽかぽかした。



 廊下の先にある一番奥の和室は、ママが子どもの頃に使っていた部屋だ。今日からは、ここが私の部屋になる。
 前に暮らしていた家は、全室フローリングだったから、畳のある部屋は新鮮だった。旅館に来たみたいで、ワクワクする。

「畳のにおいって、落ち着くなー」

 心地いい畳のにおいに癒されながら、重たかったリュックを下ろした。
 しばらく荷物の整理をしていると、障子の向こうから味噌汁の香りがただよってくる。それにつられて、ぎゅるる~とお腹の虫が鳴きはじめた。

「海叶~、そろそろ夕飯の時間だよ」
「あ、はーい!」

 もう夕食の時間か。荷物の整理を中断して、私は居間へ向かった。

「わあ! 海の幸がたくさん!」

 テーブルには、お刺身、エビフライ、ツナマヨサラダ、ホタテの入った炊き込みご飯、ワカメの味噌汁が並んでいる。
 どれもおいしそう! ごくりっと唾をのんでいると、台所からおばあちゃんがやってきた。

「たくさんあるからどんどんお食べ。これは、タコの酢の物だよ」
「ありがとう!」

 黒い小鉢には、ぷりっとしたタコが盛られている。それを見ていると、昼間に見たダイオウイカのお兄さんが頭の中をよぎった。「うふふ♡」という不敵な笑い声まで。
 うう、これはちょっと、食べずらいような……。

「いや! あれはイカ! こっちはタコだから大丈夫!」

 じっとタコの小鉢を見つめていると、おばあちゃんが不思議そうに首をかしげる。

「どうしたんだい? 海叶」
「何でもない! いただきます!」

 慌てて笑顔を浮かべて、箸を手に取った。

 おばあちゃんの料理はどれもおいしくて、あっという間に平らげてしまった。
 お茶を飲んでふぅっと一息ついたところで、空が薄紫色に染まっていることに気付く。

 ヒサメくんには、夜になったら浜辺に来てと言われていたんだよね。あまり遅くなると危ないし、そろそろ出かけよう。

「おばあちゃん。ちょっとだけ散歩してきてもいいかな?」
「もう外は暗くなっているけど、大丈夫かい?」
「大丈夫! 何かあったら、スマホで連絡するし」

 ポケットにしまったスマホを見せると、おばあちゃんは心配そうな顔をしながらもうなづいてくれた。

「あまり遅くならないようにするんだよ。それと夜の海には絶対に入らないこと」
「はーい」

 おばあちゃんと約束をしてから、私は家を飛び出した。



 海岸沿いの遊歩道を歩いていると、空がだんだんと暗くなっていく。心細さを感じながらも浜辺を見渡していると、人影が見えた。
 水玉模様のパーカーを着た、背の高い男の子。ヒサメくんだ!

「お待たせ! ヒサメくん」

 石階段を下りて、ザクザクと砂を踏みながら駆け寄ると、ヒサメくんが振り返る。マリンブルーの瞳で見つめられると、ふわりと優しく微笑みかけられた。

「クラゲ、来てくれてありがとう」
「うん。約束したからね」

 小指を立ててみると、ヒサメくんも真似して小指を立てた。その仕草がなんだかおかしくて、笑いがこみあげてくる。

「ジンベイザメも、小指を絡ませて約束する方法を知っているんだね」
「うん。昔、ニンゲンの親子が小指を絡ませているのを見たことがあるんだ。あれはなにって、海の仲間に聞いてみたら、ニンゲンはああやって約束をするんだって教えてくれて」
「そうだったんだ」

 納得していると、ヒサメくんは自分の小指をそっと触れる。

「ニンゲンになったらやってみたいこと、一つ叶った」

 あ、そっか! ジンベイザメにはニンゲンのように指がないから、小指を絡ませて約束はできない。ヒサメくんにとっては、初めてのことだったんだ。
 それにしても、ニンゲンになってやってみたいことの一つが、小指を絡ませて約束っていうのは、ちょっとカワイイかも。

「ん? どうしたの? クラゲ」
「ううん! 何でもない」

 ゆるんだ頬を引き締めながら、ぶんぶんと首を振った。

「それより、相談したいことってなにかな?」

 本題を切り出すと、ヒサメくんは真面目な顔を浮かべる。

「クラゲに相談したいのは、俺たちの未来のことだ」

 未来と聞いて、どきりと心臓が鳴る。

「それって、ニンゲンが海を汚したせいで、海の生き物たちが住処を失い、命の危険にさらされているって話かな?」
「そう。仲間が滅びる未来を変えるために、俺たちはここにきたんだ」

 海の仲間が滅びるなんて、ヒサメくんたちからすれば一大事だ。悲しい未来を回避したいって気持ちは、すごくわかる。

「ヒサメくんたちは、仲間が減ってしまったのは、ニンゲンたちが海を汚したからだって思っているんだよね?」

 恐る恐る聞いてみると、ヒサメくんは目を伏せながらうなづく。その反応を見て、ずんっと気持ちが重くなった。
  
 そっか……。私たちニンゲンは、ヒサメくんたちにとっては海を脅かす悪者なんだね。だから、海を汚すニンゲンを消したいって思っていたのか。
 大好きな海の生き物から、憎まれているのは、すごく悲しいことだな……。

「だけど俺は、ニンゲンが好きなんだ!」
「え?」

 意外な言葉が飛んできて、パッと顔を上げる。ヒサメくんは、マリンブルーの瞳で真っすぐこちらを見つめていた。

「だってニンゲンってすごいじゃん! 海に潜れる船を作ったり、遠くの仲間と会話をする機械を作ったり」
「それは潜水艦とスマホのことかな?」

 心当たりのあるものを言ってみると、ヒサメくんは嬉しそうにうなづく。

「多分そうだよ! 海の仲間からニンゲンの話を聞かされるたびに、ワクワクするんだ!」

 そう話すヒサメくんは、子どものように目をキラキラを輝かせていた。それから、ズボンのポケットを漁り始める。

「あとこれは、昼間に海岸で見つけたんだ。キラキラ光っていて、見る角度によって色が変わるすごい石だ。これもニンゲンが作ったんだろ?」

 ヒサメくんが見せてくれたのは……ビー玉だ!

「うん、それもニンゲンが作ったものだよ」
「やっぱりそうなんだ! すごいよなぁ! これは強大な力を秘めているオーラを感じる。もしかしてニンゲンは、こういう石をエネルギーにして船を動かしているのか?」

 手のひらに乗せたビー玉をまじまじと見つめながら、想像力を膨らませるヒサメくん。真剣な顔をしているけど、言っていることがトンチンカンだから、つい笑いがこみあげてきた。

「ふ、ふふっ……」

 いきなり笑い出した私を見て、ヒサメくんはきょとんと目を丸くする。

「クラゲ、どうしたの?」
「ご、ごめんね。笑っちゃって。おかしくて、つい」
「もしかして、俺、変なこと言った?」
「うん、それはね、ビー玉って言って、ガラスでできたオモチャだよ」
「オモチャ……。そ、そうだったのか……。俺、ニンゲンの世界には興味があるけど、詳しくはないんだよな……」

 ヒサメくんは、照れくさそうにビー玉をポケットにしまった。
 ちょっと笑いすぎちゃったかな? 気分を悪くさせていなければいいけど……。
 ヒサメくんは気持ちを切り替えるようにパシンと頬を叩いてから、私と向き合った。

「ニンゲンの世界は、知らないことばかりだから、もっと知りたいんだ。できることなら、ニンゲンとも仲良くなりたい!」

 澄んだ瞳で告げられる。その言葉には、ウソはないように感じた。
 そっか。ヒサメくんは、ニンゲンの世界に興味があるのか。
 海を汚すニンゲンを消したいって話を聞かされたときは、危ない存在かもって思ったけど、ニンゲンと仲良くなりたいって気持ちがあるのなら、もう怖くはない。

 ニンゲンの世界のことを、もっといろいろ教えてあげたい。できることなら、私もヒサメくんと仲良くなりたい。
 そんな気持ちが芽生え始めたところで、ヒサメくんがしゅんっと肩を落とした。

「だけど、ニンゲンが便利になる一方で、海が汚されていくと知ってショックを受けたんだ……」

 その言葉で、ズキリと胸が痛んだ。
 頭の中では、昼間に見せてもらった動画がよみがえる。海の中をただようビニール袋も、海岸に留まった大量のゴミも、ニンゲンが便利になったことが影響しているのかもしれない。

 そういえば学校の授業でも、家庭から生活排水や、工場から出た工業廃水が、海洋汚染の原因になっていると聞いたことがある。そうした原因が積み重なって、ヒサメくんたちの住処である海が汚されているのかも。

 ニンゲンが好きだけど、ニンゲンのせいで海の仲間が苦しんでいる。ヒサメくんは、フクザツな感情の中で苦しんでいたのかもしれない。

「この問題は、俺一人では解決できない。だからクラゲにも一緒に考えてほしいんだ」
「わ、私!?」

 急に頼られて、びっくりしてしまう。ポカンと口を開けていると、ヒサメくんに両手を握られた。

「海の生き物も、ニンゲンも、安心して暮らせる方法を一緒に探そう」

 真剣な眼差しで、お願いをされる。握られた手からは、ぬくもりが伝わってきた。

 海の生き物とニンゲンが安心して暮らせる方法……。そんな世界規模の問題を、平凡な中学生が解決できるとは思えない。
 だけど、海の生き物が危険にさらされているというのは、私にとっても見過ごしてはおけない問題だ。大好きな海の生き物が苦しむ姿なんて、見たくないもん。

 ――まもってあげたい。

 一人で解決することはできなくても、一緒に考えることならできるはず。私も、みんなをまもるための力になりたかった。

「わかった。一緒に考えよう」

 ぎゅっと手を握り返すと、ヒサメくんの表情がパッと明るくなる。

「ありがとう、クラゲ! やっぱりクラゲに相談してよかった!」

 喜んでくれたみたいでよかった。ほっとしたのもつかの間、もうひとつの問題に気付く。

 わ、私、男の子に手を握られている? しかも、こんなにカッコいい男の子に……。
 ぷしゅ~と顔から湯気が出そうになっていると、ヒサメくんが不思議そうに首をかしげた。

「クラゲ、どうした? 顔が赤いみたいだけど」

 ぴたっとおでこに触れられる。びっくりした私は、飛びのくようにヒサメくんから距離をとった。

「あ、あの、ヒサメくん。さっきから距離が近いような」

 指摘をしても、ヒサメくんは首をかしげるばかり。

「だめだった?」
「だめというか……手を握るのは、仲のいい人同士でやるもので、出会ってすぐの人とは、あまりやらないんだよね」

 軽くパニックになりながらも伝える。この微妙なニュアンス、伝わるかな?
 ヒサメくんは、腕組みをしながら考え込む。

「なるほど。ニンゲンの世界では、距離感が大事なのか」
「ま、まあ、そうかな。急に近づかれると、恥ずかしいし……」

 ヒサメくんは、うんうん、とうなづいてから、パッと顔を上げる。

「それじゃあ、手を握っても恥ずかしくないくらい、クラゲと仲良くなれるようにがんばるよ!」

 ストレートな言葉が、胸に突き刺さる。
 ヒサメくんは、私と仲良くなりたいだけってのは分かっているけど、そんな言い方をされたらドキドキしちゃうよ。
 ジリジリと顔が熱くなるのを感じていると、ヒサメくんはにこっと爽やかに微笑んだ。

「俺からの話はこれで終わり。時間を作ってくれてありがとう」
「う、うん、こっちこそ、話してくれてありがとう」

 話し合いが終わったところで、私たちは石階段を上った。

「もう遅いし、クラゲの住処まで送っていくよ」
「え? 大丈夫だよ。私の家、ここから近いし」
「帰り道で天敵にあったら大変だろ? 俺、身体大きいし、一緒にいれば天敵も逃げていくから」

 ぐっと拳を握って宣言される。ヒサメくんは冗談ではなく、本気で言っているようだ。
 ニンゲンには、天敵なんていないんだけど……まあいいか。暗い夜道は、ちょっぴり怖いから、家まで送ってくれるのは助かる。

「それじゃあ、送ってもらおうかな。そうだ! うちに着くまでに海での暮らしも教えてほしいな!」
「もちろんいいよ。歩きながら、教えてあげる」

 OKしてもらえたところで、私たちは海沿いの遊歩道を歩き出した。

「ジンベエサメは、プランクトンや小魚を食べて生きているって本当? 図鑑で見たときは、驚いたんだよね」
「本当だよ。エサを食べるときは、大きく口を開けて、海水ごと吸い込むんだ」
「へえ、すごい!」

 海の生き物のことは勉強してきたつもりだったけど、ヒサメくんの話を聞いていると新しい発見がある。私にとっては、興味深い話だった。

 海で暮らす生き物と、こうして並んでお喋りしているなんて奇跡だ。この出会いを大切にしたい。
 海のことやヒサメくんたちのことを知って、もっと仲良くなりたかった。