野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

(かおる)(きみ)はだんだん(こし)が痛くなっていらっしゃった。
でも、動けば気配(けはい)に気づかれてしまうかもしれない。
我慢(がまん)してじっとお(のぞ)きになる。

「どこからかすばらしい香りがいたしますね。尼君(あまぎみ)がお(こう)をお()きになっているのでしょう」
薫の君の香りだなんて夢にも思わず、若い女房(にょうぼう)がのんきに言う。
「本当にかぐわしい香りだこと。さすが都の人は優雅でいらっしゃる。奥様はご自分の調合(ちょうごう)したお香を日本一と思っておいでになったけれど、常陸の国でこんなお香はおつくりになれませんでしたよ。こちらの尼君はお住まいこそ質素(しっそ)だけれど、お着物はとてもご立派でしたよ。尼用の地味な色でも、あんなに美しいなんて」
口々にほめそやしていると、(べん)(あま)女童(めのわらわ)が軽いお食事を運んできた。

女房は姫君(ひめぎみ)に声をかけたけれど、起き上がる様子はないので、ふたりだけで食べはじめてしまう。
薫の君は女房のこんな姿をご覧になったことがない。
覗き見たら悪いような気がして、戸からお離れになった。
でもやはり気になって、もう一度近寄ると、ちらちらとご覧になる。

今、女性としてもっとも高い地位にいらっしゃるのは明石(あかし)中宮(ちゅうぐう)様。
その中宮様をはじめとして、美人な女性や上品な女性を薫の君はたくさん見ていらっしゃった。
そういう女性たちには見向きもなさらなかったのに、どうしてこんな女房たちが気になって、覗き見をおやめになれないのかしら。
ふしぎなお心よね。