野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

「またそんなことを。お参りの前に泊まったときと同じでございますよ。お部屋はぐるりと戸で囲まれているのに、いったいどこから見られることを心配なさるのでしょう」
あきれたように女房(にょうぼう)が言う。
そっと下りてくる姫君(ひめぎみ)の体はほっそりと上品で、大君(おおいぎみ)によく似ている。
(おうぎ)をかざしているからお顔は見えない。
(かおる)(きみ)のお胸はどきどきと(たか)()る。

乗り物から()(えん)に下りるときには少し段差がある。
女房ふたりは苦労せず下りたけれど、姫君は時間をかけて下りてお部屋に入った。
紫色のお着物に若草(わかくさ)色のお着物を重ねている。
戸のむこうに低めのついたてはあるものの、穴はそれよりも高い位置に開いているから、薫の君にはすべて見えてしまうの。

姫君はその戸が気になるようで、あちら向きに横になった。
女房たちは一息(ひといき)ついて道中(どうちゅう)の話をしている。
「姫様はお疲れでございましょう。木津(きづ)(がわ)を船で渡るときなんて本当に恐ろしくて。先々月お参りしたときは川の水が少なかったからよかったのですけれど。とはいえ、常陸(ひたち)の国への道中とは比べ物になりませんよ」
こちらはとくに疲れていないようだけれど、姫君は(だま)りこんでいる。
ふっくらとした(うで)がいかにも貴族の姫君らしい。
地方長官の娘と思えないほど上品なの。