野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

(かおる)(きみ)はこのついでに、中君(なかのきみ)がおっしゃった人形(ひとがた)のお話をなさった。
(べん)(あま)も知っていたみたい。
「くわしくは存じませんが、昔、とある女房(にょうぼう)(はち)(みや)様のお子をお生みしたとか。亡き八の宮様がまだ宇治(うじ)へお移りになる前、ですからもう二十年ほど昔のお話でございます。ご正妻(せいさい)がお亡くなりになって間もないころ、中将(ちゅうじょう)(きみ)という上級女房にひそかにお(なさ)けをおかけになったようなのです。

中将の君が女の子を出産しても、周りは誰が父親なのか知りません。しかし、宮様だけはお心当たりがおありになったのでしょう。面倒にお思いになって、二度と中将の君にお声をおかけになることはなかったそうでございます。宮様はそれに()りて、ほとんど僧侶(そうりょ)のようなご生活を始められました。気まずくなった中将の君は女房勤めを()めると、幼い姫君を連れて地方長官と結婚しました。ここまでのことは人づてに聞いた話でございます。私はまだそのころ宮様にお仕えしておりませんでしたので。

何年か前、中将の君は夫の赴任(ふにん)()から都へ戻り、この山荘(さんそう)に手紙を()()してまいりました。姫君も元気でいらっしゃるという内容でしたが、それをお聞きになった宮様はお怒りで、『そのような知らせはいらぬ。私には関係がない』とおっしゃったのです。中将の君はそれを知ってがっかりしながら、夫の次の赴任地である常陸(ひたち)の国へ(くだ)りました。近ごろはとくに(うわさ)も聞かずにおりましたが、今年に入って一家でまた都に戻ったようでございますね。二条(にじょう)(いん)の女房から、夏ごろ中将の君と姫君が、中君にご挨拶(あいさつ)にやって来たというような話を聞きました。

姫君は二十歳くらいにおなりでしょう。常陸の国へ下ってすぐのころは、『姫君がかわいらしくお育ちになっているのが悲しい』というようなことを、ここの女房たちに手紙でこぼしておりました」