野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

<すぐに取り壊しが始まれば、この山荘(さんそう)を見るのも今日が最後になるだろう>
と、建物のなかを歩いてお(なが)めになる。
亡き(はち)(みや)様のお形見(かたみ)の仏像は、すでにすべて山寺(やまでら)へ移してある。
(べん)(あま)修行(しゅぎょう)の道具だけが置いてあった。
<こんな(さみ)しいところでどうやって暮らしているのだろう>
と気の毒にお思いになる。

「この山荘は建てなおそうと思う。工事の間も一部はそのままにしておくから、そちらの部屋で暮らしておくれ。もし中君(なかのきみ)の持ち物が残っていたら、私の領地(りょうち)の者に知らせてほしい。二条(にじょう)(いん)へ運ぶよう伝えておく」
こまごまとしたことまで弁の尼に丁寧にお話しなさる。
三条(さんじょう)のお屋敷にいらっしゃるときなら、このような(ろう)女房(にょうぼう)をおそばに置かれることはない。
でも、ここでは弁の尼を近くで寝かせて、昔の話をおさせになるの。

(かおる)(きみ)の実の父君(ちちぎみ)である、亡き衛門(えもん)(かみ)様のことも話題に上る。
誰も聞いている人がいないから、弁の尼は安心してくわしくお話しした。
「あなた様がお生まれになって間もなくお亡くなりになりました。『さぞかしかわいらしいだろう、一目(ひとめ)会いたい』と切なそうになさっていたお姿が今もまぶたに浮かびます。そのお子にこうしてお目にかかることになるとは想像もしておりませんでした。衛門の督様に乳母子(めのとご)として親しくお仕えしていた(あかし)のようで、うれしくも悲しくも思われます。

長生きしてしまったせいで、何人もの(あるじ)に先立たれました。衛門の督様、(はち)(みや)様、大君(おおいぎみ)、この世は(はかな)いものだと思い知らされてつろうございます。
中君からはときどきお手紙を頂戴(ちょうだい)いたします。『たまには都に(のぼ)って顔を見せるように。そんなふうに宇治(うじ)に引きこもってばかりいたら、私を嫌っているのかと思ってしまう』と(おお)せくださいますが、不吉(ふきつ)尼姿(あますがた)でございますから。今はただ仏様のお迎えだけをお待ちしております」

大君のことになると弁の尼の思い出話は止まらない。
長年のご様子、どんなときに何とおっしゃったか、花や紅葉(もみじ)を見て()まれた和歌などを、年寄りくさい震え声だけれどしんみりと申し上げる。
<たしかに(ひか)えめで大人しい方だったが、奥ゆかしいお人柄(ひとがら)はすばらしかった。中君はもう少し現代的でいらっしゃる。それでいて近づこうとする男をきっぱり拒否する(つつし)み深さはおありのようだ。しかし私にだけはきっぱりした態度をお取りになれず、なんとかさりげなくかわそうとなさっている>
ご姉妹それぞれのご性格を、お心のうちで比べていらっしゃる。