野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

宇治(うじ)山荘(さんそう)をしばらくご覧にならないと、(かおる)(きみ)は不安になってしまわれる。
大君(おおいぎみ)のいらした昔が、ますます遠くなるようにお感じになるのね。
(はち)(みや)様の三回(さんかい)()からひと月ほどして、またお越しになった。
秋の終わりの風は激しく、川音も荒々しい。
ひっそりとした山荘をご覧になると、目の前が真っ暗になった。

薫の君は(べん)(あま)をお呼びになる。
地味な色のついたての向こうに出てきて申し上げた。
「お見苦しい(あま)姿(すがた)でございますから、失礼ですがここでお話しさせていただきます」
薫の君に姿を見せようとしない。
「そなたも悲しみが()えないだろう。大君の思い出話をできる人は他にいないと思って、そなたを訪ねてきたのだよ。はかなく月日は()つものだな」
涙をためておっしゃる。

まして年老いた弁の尼が涙をこらえられるはずはない。
「再来月には大君の一周(いっしゅう)()でございます。一年前の今ごろは、匂宮(におうのみや)様が中君(なかのきみ)のところへあまり通ってくださらないことを悩んでいらっしゃいました。それが原因でお命を(ちぢ)めてしまわれたのです。秋の空を見ますと、あのころが思い出されてつろうございます。
都の(うわさ)はここにもちらほら聞こえてまいりますよ。(みや)様は夕霧(ゆうぎり)大臣(だいじん)様の姫君(ひめぎみ)とご結婚なさって、ほとんど六条(ろくじょう)(いん)でお暮らしだとか。大君がご心配なさっていたことは、あいかわらずのようでございますね。中君もお気の毒ですが、亡き大君もあの世でどれほどつらくお思いか」

「どこの夫婦も結婚当初はいろいろあるものだが、関係を続けていけばうまい具合に落ち着く。大君はそれをご存じなかったから、目先のことだけを見てお(なげ)きになっていたのだろう。私がそのあたりのことまで教えてさしあげればよかったと後悔している。
夫が新しい結婚をするということも世間ではよくあることだ。しかし心配する必要はない。宮様は中君を深く愛しておいでだからね。
何があったとしても、生きているうちはよいのだ。はかなく亡くなってしまえばそれまでで、死に別れるというのは本当につらい」
と泣いてしまわれる。