野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

だんだん外が暗くなって、虫の音が聞こえてきた。
景色もはっきりと見えないはずのお庭を、(かおる)(きみ)はぼんやりとお(なが)めになっている。
<いつまでいらっしゃるおつもりだろう>
中君(なかのきみ)は面倒にお思いになる。

大君(おおいぎみ)を恋しく思う気持ちは月日が()っても消えません。恋しくて恋しくてつらい。せめて思う存分(ぞんぶん)恋しがれるように、宇治(うじ)にひっそり引き(こも)る場所をつくろうと思うのです。正式な寺というのではなく、ちょっとしたお堂に大君の像や絵を置いて仏教の修行(しゅぎょう)をしようかと」
(とうと)いお考えでございますが、像とおっしゃいますと、(やく)()けのおまじないに使う人形(ひとがた)を思い出してしまいます。姉君(あねぎみ)の身代わりになった人形は、いずれあのおまじないと同じように川に流されるのだろうかと、なんだか不吉(ふきつ)でお気の毒なようで。絵の方は、『美しく描いてほしいなら賄賂(わいろ)をよこせ』などと申す絵師(えし)が昔の中国にいたとか。それが心配です」

「像も絵も、私が満足するような仕上がりにはなりませんでしょう。大君の魅力(みりょく)を再現できる、人間離れした技術のある人がいたらよいのですが」
これではとても大君のことをお忘れになどなれないご様子なので、中君はお気の毒にお思いになる。
もう少し近寄ると、お声をひそめておっしゃった。

「身代わりの人形という言葉で、ひとつめずらしい話を思い出しました」
これまでよりもお声が優しくて、薫の君は思わずおよろこびになる。
「何でございましょう」
とおっしゃりながら(すだれ)の下から手をのばして、中君のお手をお取りになった。

中君は鬱陶(うっとう)しく思われるけれど、それよりも薫の君の下心(したごころ)を消すことを優先なさる。
近くの女房(にょうぼう)の目もあるから、何も起きていないようなお顔で話をお続けになった。