野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

中君(なかのきみ)がかすかにお返事なさる気配(けはい)がする。
<亡き大君(おおいぎみ)がご病気になられたころもこんなご様子だった。不吉(ふきつ)だ>
中君までお亡くなりになってしまったらと思うと、恐ろしくて悲しくて、(かおる)(きみ)は目の前が真っ暗になったような気がなさる。

何もおっしゃることができなくなって、少しでもおそばへ寄りたいとお思いになる。
先日のように(すだれ)の奥へ入ろうとなさると、中君はすぐに女房(にょうぼう)をお呼びになった。
「胸が痛い。しばらく押さえていておくれ」
というお声を聞いて、薫の君はさっと客席にお戻りになる。
「押さえたらよけいに苦しくなられましょうに」
()ずまいを正しながらつぶやかれる。
お心の底は(おだ)やかではないでしょうね。

「どうしてこういつまでもお悪いのでしょう。女房に尋ねましたところ、妊娠(にんしん)の初めは気分が悪くても、しばらくすればよくなってくると申しておりました。大げさに気になさりすぎではございませんか」
懐妊(かいにん)のことまであけすけにおっしゃるので、中君は恥ずかしそうにお返事なさる。
「胸はいつもこんな調子なのです。亡くなった姉君もそうでした。短命(たんめい)な人によくある症状(しょうじょう)だとか」

女房は中君のおそばから離れない。
<短命かどうかはともかく人の命は永遠ではないのだから、この恋心だけでもお伝えしたい>
薫の君はあふれる思いをさりげなくお伝えになった。
女房にはふつうのお話のように聞こえるけれど、中君ははっきりとお気づきになる。
ぞっとなさる中君の隣で、女房は<本当にありがたいご親切心だ>と微笑(ほほえ)んでいる。