野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

(みかど)が藤壺で囲碁(いご)をなさっていると、日が暮れていくにつれて時雨(しぐれ)が降ったりやんだりする。
(きく)の花が夕日に美しく()えているのをご覧になって、
「今、内裏(だいり)には誰が来ているか」
とお尋ねになった。
皇子(みこ)様何人かと(かおる)(きみ)がお(ひか)えしていることを、役人はお伝えする。
「薫の君をこちらへ」
という(おお)せを受けて、薫の君が参上なさった。

特別に帝のおそばまで呼ばれるのにふさわしい、見事(みごと)貴公子(きこうし)でいらっしゃる。
遠くからでもよい香りが(ただよ)ってきて、お姿もお振舞いも他の人とはまったく違う。
「今日の時雨はいつもよりのんびりとしておもしろいが、ここは藤壺(ふじつぼ)女御(にょうご)喪中(もちゅう)だから音楽会はできない。(ひま)つぶしにはこれがよいだろう」
とおっしゃって、薫の君に囲碁のお相手をお命じになった。

薫の君は普段から帝のおそばに呼ばれることが多い。
とくに()(がま)えず参上なさったけれど、今回は帝の雰囲気がいつもと違う。
「私に勝ったら褒美(ほうび)をやろう。よい褒美があるにはあるが、あれは簡単には渡せない。今日のところは何を褒美にしようか」
意味ありげにおっしゃるから、薫の君は<(おんな)()(みや)様のことか>と思い当たって緊張なさる。
帝が女二の宮様の婿君(むこぎみ)をお探しらしいという(うわさ)は、薫の君のお耳にも入っているのよね。

三番勝負の最後で帝はお負けになった。
(くや)しいな。今日のところは庭の菊を一枝(ひとえだ)やろう」
薫の君はお庭に下りると、美しく咲いた菊を折って戻っていらっしゃる。
「ふつうの家に咲いた菊ならば気軽に折って私のものにいたしますが、恐れ多い帝の菊では」
これはもう菊のお話ではないの。
恐れ多い内親王(ないしんのう)様を頂戴(ちょうだい)するかしないかのお話になっている。
「かわいそうな菊だがね、とても美しいのだよ」
さりげなくおっしゃって、帝はにっこりとなさる。