野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

中君(なかのきみ)には、(かおる)(きみ)の他にこれほどよく気のつく後見(こうけん)役はいらっしゃらない。
匂宮(におうのみや)様は夫としての深いご愛情で「何不自由ない生活をさせたい」と思っておられる。
でも、そうは言っても生まれながらの親王(しんのう)様でいらっしゃるもの。
生活に必要な細かいあれこれまで、思いつかれるはずがないわ。
周りから手厚くお世話されて生きていらっしゃったから、物が足りなくて困るとか悲しくなってしまうとか、そういう気持ちをそもそもご存じない。

ただ、ご態度に少し変化はある。
人生とはただ優雅に過ごすものとお考えだったのが、近ごろでは中君のために、生活面のことにも少し目を向けられるようになった。
宮様の乳母(めのと)などは、この変化を親王のご身分にふさわしくないと苦々しく思っている。
(とうと)い宮様がそんなことをお気になさってはいけません」
とご注意申し上げる人もいるの。

実は中君も、女房(にょうぼう)たちの着物が古びていることに気づいていらっしゃった。
女童(めのわらわ)のなかには少しみすぼらしい感じの子もいる。
宇治(うじ)にいたころはこれでも(かま)わなかったけれど、立派な二条(にじょう)(いん)では恥ずかしい。こんなことにも気を(つか)うお屋敷だ。宮様が新しくご結婚なさった姫君(ひめぎみ)のところは、たいそう華やからしい。そちらと比べて宮様は見苦しくお思いになるだろう。昔からここにいた女房たちだって、私の連れてきた女房を見てどう思っていることか。着物さえ用意してやれない女主人らしいと見下されているのではないか>

ひそかに悩んでいらっしゃったのを、薫の君はもしかしたらと想像なさって、さりげなく支援(しえん)しておあげになった。
余計なお世話になる可能性や、世間の反応についても十分に考慮(こうりょ)なさった上でよ。
<たいして親しいわけでもない相手に、こまごまとした生活のお世話をするのは失礼だ。しかし私は中君の後見役なのだから失礼にはならないだろう。着物を差し上げるにしても、とくに理由もないのに立派な品物を差し上げたら世間が不審(ふしん)に思うから、このくらいのさりげない物がちょうどよいはずだ>
と、ここまで深く考えていらっしゃる。

(いた)れり()くせりのお世話をなさる薫の君だけれど、薫の君だって宮様に(おと)らないほど何不自由なくお育ちになった方ではある。
「この世など必死に生きるところではない」という、いわゆる貴族らしい思い上がったお考えをお持ちだった。
でも、亡き(はち)(みや)様と出会って変わられたの。
親王(しんのう)様ともあろう方が、(さみ)しい山荘(さんそう)でひっそりとお暮らしになっている。
そのご様子が衝撃(しょうげき)的だったのでしょうね。
それからは、世の中にはいろいろな暮らしがあるということを想像なさるようになった。
八の宮様のおかげで、他人に同情する心を身につけなさったのよ。