<こんなおつもりだったのか>
中君は驚いてお声も出ない。
黙って下がろうとなさるのを追いかけるようにして、薫の君は簾の奥へするりとお入りになった。
「誤解なさらないでください。何かしようというのではありません。お手紙で『直接お礼を』と仰せだったのは、たったあれだけで終わりなのかとお尋ねしたかっただけなのです。私があなた様にどれほどお尽くししているか。他人扱いなさってよいものでしょうか。冷たいご態度だ」
ずいぶんな恨み方をなさるので、中君はお返事もできず、憎くお思いになる。
無理にお心を落ち着かせておっしゃった。
「思いもよらないお心だったのですね。女房が見ておりますよ。なんてひどい」
薫の君を軽蔑してお泣きになる。
それも当然だと薫の君はお気の毒に思う。
中君をこれ以上おびえさせないように穏やかにおっしゃった。
「このくらいのことが罪になるでしょうか。山荘のあの夜を思い出してごらんなさい。一晩ご一緒に過ごしたではありませんか。大君は私とあなた様を結婚させるおつもりでした。人妻になったからといって、あれを完全になかったことになさっては悲しい。これ以上無理なことはいたしませんからご安心ください」
ゆったりした口調やご態度だけれど、中君を匂宮様にお譲りしてしまった後悔と苦しみを延々と訴えなさる。
中君のお袖をお放しになる気配はない。
<今までご信頼してきたというのに。裏切られたような気がする>
中君は泣いてしまわれる。
「どうしてお泣きになるのです。子どものようではありませんか」
あらためてご覧になる中君は、たしかに可憐でお気の毒だけれど、人妻としての貫禄がおつきになっている。
あの夜よりも大人びて、たやすく手出しなどできない雰囲気でいらっしゃる。
<私の意思で他の男の妻にしたというのに、こんなにも苦しい>
と、薫の君は声を上げてお泣きになる。
近くには女房がふたりほどお控えしている。
簾のうちに入ってきたのが知らない男なら追い出すけれど、薫の君では遠慮してしまう。
何かご事情があるのだろうと奥へ下がってしまった。
気を利かせたつもりでしょうけれど、中君にとっては困ったことになったわ。
薫の君は中君をご自分のものにしなかった後悔でお心を乱しながらも、今ここで無理やり関係をもつことはなさらない。
大君がお許しになったあの夜でさえ、理性を保った方だもの。
この先のことはこまかくお話ししにくいけれど、結局人目を気にして薫の君はお帰りになった。
決定的な理由があって、それ以上のことはとてもおできにならなかったのよ。
中君は驚いてお声も出ない。
黙って下がろうとなさるのを追いかけるようにして、薫の君は簾の奥へするりとお入りになった。
「誤解なさらないでください。何かしようというのではありません。お手紙で『直接お礼を』と仰せだったのは、たったあれだけで終わりなのかとお尋ねしたかっただけなのです。私があなた様にどれほどお尽くししているか。他人扱いなさってよいものでしょうか。冷たいご態度だ」
ずいぶんな恨み方をなさるので、中君はお返事もできず、憎くお思いになる。
無理にお心を落ち着かせておっしゃった。
「思いもよらないお心だったのですね。女房が見ておりますよ。なんてひどい」
薫の君を軽蔑してお泣きになる。
それも当然だと薫の君はお気の毒に思う。
中君をこれ以上おびえさせないように穏やかにおっしゃった。
「このくらいのことが罪になるでしょうか。山荘のあの夜を思い出してごらんなさい。一晩ご一緒に過ごしたではありませんか。大君は私とあなた様を結婚させるおつもりでした。人妻になったからといって、あれを完全になかったことになさっては悲しい。これ以上無理なことはいたしませんからご安心ください」
ゆったりした口調やご態度だけれど、中君を匂宮様にお譲りしてしまった後悔と苦しみを延々と訴えなさる。
中君のお袖をお放しになる気配はない。
<今までご信頼してきたというのに。裏切られたような気がする>
中君は泣いてしまわれる。
「どうしてお泣きになるのです。子どものようではありませんか」
あらためてご覧になる中君は、たしかに可憐でお気の毒だけれど、人妻としての貫禄がおつきになっている。
あの夜よりも大人びて、たやすく手出しなどできない雰囲気でいらっしゃる。
<私の意思で他の男の妻にしたというのに、こんなにも苦しい>
と、薫の君は声を上げてお泣きになる。
近くには女房がふたりほどお控えしている。
簾のうちに入ってきたのが知らない男なら追い出すけれど、薫の君では遠慮してしまう。
何かご事情があるのだろうと奥へ下がってしまった。
気を利かせたつもりでしょうけれど、中君にとっては困ったことになったわ。
薫の君は中君をご自分のものにしなかった後悔でお心を乱しながらも、今ここで無理やり関係をもつことはなさらない。
大君がお許しになったあの夜でさえ、理性を保った方だもの。
この先のことはこまかくお話ししにくいけれど、結局人目を気にして薫の君はお帰りになった。
決定的な理由があって、それ以上のことはとてもおできにならなかったのよ。



