宇治の山荘で薫の君と過ごした夜を、中君は今もときどき思い出される。
大君を目当てに薫の君は寝室に入っていらっしゃったけれど、大君は逃げ出してしまわれたのよね。
それで結局、中君が薫の君と一晩ご一緒だった。
一途な薫の君は中君に手を出さず、ただお話をなさっただけで終わったのだけれど。
<思いやりのある誠実なお人柄で、宮様とはまったく違う。姉君は私と薫の君の結婚をお望みだった。いっそそうなっていたらよかったのに>
このくらいのことは中君もお考えになる。
十分に大人の女性でいらっしゃるから、薄情な宮様と薫の君を比べて、薫の君の方がよい夫になっただろうと想像なさるのね。
そうなると、いつも濡れ縁にお座らせしていることが申し訳なくなる。
<厚意に気づかない恩知らずだと思われたくない>
と、今日は縁側に客席を用意させなさった。
縁側とお部屋の間には簾があって、さらについたてを置いて中君はお座りになる。
「昨日めずらしいお手紙を頂戴しましたので参上いたしました。すぐに参りたく存じましたが、あれから宮様がお越しとうかがいましたので。縁側へ入れてくださったということは、長年の私の誠意をやっとお分かりくださったということでしょうか。うれしいことでございます」
堂々としたご挨拶に中君は気恥ずかしくなってしまわれるけれど、勇気を出しておっしゃった。
「父宮様の三回忌を盛大に行ってくださったとのこと、お礼をお伝えせずにいてはいけないと存じまして」
遠慮がちなお声が、お部屋の奥からかすかに聞こえる。
「ずいぶん奥にいらっしゃるのですね。私と内密にお話しになりたいこともおありでしょうに」
薫の君がそうおっしゃると、<たしかに>と中君は少し近寄っていらっしゃった。
薫の君はどきりとなさる。
さりげなく平気なふりをして、宮様のご愛情がこれほど浅いとはと嘆いておみせになる。
宮様を悪く言ったり、中君をお慰めしたり、ひそひそとお話しになった。
没落したとはいえ宮家の姫君である中君にとって、嫉妬などご身分にふさわしくないことなの。
匂宮様のせいとか、新しいご結婚のせいなどとはおっしゃらず、ただご自分の運命のせいでつらい、というようなことを言葉少なにおっしゃる。
それでも宇治に帰りたいというご意志だけは強い。
「こっそりと連れていってほしいのです」
と熱心にお願いなさる。
「それは私の一存ではいたしかねます。宮様に素直にお願いなさって、お許しをいただいてからの方がようございましょう。『勝手に軽率なことをした』とお怒りを買うことになってはいけません。宮様のお許しが下りましたら、謹んで宇治までのお供をさせていただきます。私の真面目さは宮様もよくご存じですから、きっと安心してお任せくださいましょう」
そう言いながら、「大君が勧めたとおりに中君と結婚すればよかった」というようなことも漏らされる。
だんだん暗くなってもまだお帰りにならないので、中君は面倒に思われた。
「具合も悪うございますので、少しよくなりましたころにあらためて」
とお部屋の奥へ下がろうとなさる。
「宇治へはいつごろにとお考えでしょうか」
中君を引きとめようと、薫の君はとっさにお尋ねになった。
「道中は草がひどく生い茂っております。先に刈らせておこうと存じますが」
「もう今月は難しいでしょうから、来月の初めにでもと思っております。あくまでもこっそりと、宮様のお許しなんて大げさなものをいただくまでもないような、ちょっとした外出という形で」
中君のお声が可憐で、いつも以上に大君を思い出してしまわれる。
我慢できなくなって、簾の下から中君のお袖をお捕らえになった。
大君を目当てに薫の君は寝室に入っていらっしゃったけれど、大君は逃げ出してしまわれたのよね。
それで結局、中君が薫の君と一晩ご一緒だった。
一途な薫の君は中君に手を出さず、ただお話をなさっただけで終わったのだけれど。
<思いやりのある誠実なお人柄で、宮様とはまったく違う。姉君は私と薫の君の結婚をお望みだった。いっそそうなっていたらよかったのに>
このくらいのことは中君もお考えになる。
十分に大人の女性でいらっしゃるから、薄情な宮様と薫の君を比べて、薫の君の方がよい夫になっただろうと想像なさるのね。
そうなると、いつも濡れ縁にお座らせしていることが申し訳なくなる。
<厚意に気づかない恩知らずだと思われたくない>
と、今日は縁側に客席を用意させなさった。
縁側とお部屋の間には簾があって、さらについたてを置いて中君はお座りになる。
「昨日めずらしいお手紙を頂戴しましたので参上いたしました。すぐに参りたく存じましたが、あれから宮様がお越しとうかがいましたので。縁側へ入れてくださったということは、長年の私の誠意をやっとお分かりくださったということでしょうか。うれしいことでございます」
堂々としたご挨拶に中君は気恥ずかしくなってしまわれるけれど、勇気を出しておっしゃった。
「父宮様の三回忌を盛大に行ってくださったとのこと、お礼をお伝えせずにいてはいけないと存じまして」
遠慮がちなお声が、お部屋の奥からかすかに聞こえる。
「ずいぶん奥にいらっしゃるのですね。私と内密にお話しになりたいこともおありでしょうに」
薫の君がそうおっしゃると、<たしかに>と中君は少し近寄っていらっしゃった。
薫の君はどきりとなさる。
さりげなく平気なふりをして、宮様のご愛情がこれほど浅いとはと嘆いておみせになる。
宮様を悪く言ったり、中君をお慰めしたり、ひそひそとお話しになった。
没落したとはいえ宮家の姫君である中君にとって、嫉妬などご身分にふさわしくないことなの。
匂宮様のせいとか、新しいご結婚のせいなどとはおっしゃらず、ただご自分の運命のせいでつらい、というようなことを言葉少なにおっしゃる。
それでも宇治に帰りたいというご意志だけは強い。
「こっそりと連れていってほしいのです」
と熱心にお願いなさる。
「それは私の一存ではいたしかねます。宮様に素直にお願いなさって、お許しをいただいてからの方がようございましょう。『勝手に軽率なことをした』とお怒りを買うことになってはいけません。宮様のお許しが下りましたら、謹んで宇治までのお供をさせていただきます。私の真面目さは宮様もよくご存じですから、きっと安心してお任せくださいましょう」
そう言いながら、「大君が勧めたとおりに中君と結婚すればよかった」というようなことも漏らされる。
だんだん暗くなってもまだお帰りにならないので、中君は面倒に思われた。
「具合も悪うございますので、少しよくなりましたころにあらためて」
とお部屋の奥へ下がろうとなさる。
「宇治へはいつごろにとお考えでしょうか」
中君を引きとめようと、薫の君はとっさにお尋ねになった。
「道中は草がひどく生い茂っております。先に刈らせておこうと存じますが」
「もう今月は難しいでしょうから、来月の初めにでもと思っております。あくまでもこっそりと、宮様のお許しなんて大げさなものをいただくまでもないような、ちょっとした外出という形で」
中君のお声が可憐で、いつも以上に大君を思い出してしまわれる。
我慢できなくなって、簾の下から中君のお袖をお捕らえになった。



