野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

匂宮(におうのみや)様はこれまでと何も変わらないご様子で、あいかわらず来世(らいせ)のご愛情までお約束なさる。
<この世はあっという間なのだ。寿命(じゅみょう)を待つほんの短い間にさえ、(みや)様のつらいお心が見え隠れする。むしろ来世のお約束を頼りにした方がよいかもしれない。あぁ、こうしてまた(しょう)()りもなく宮様を信じてしまう>
我慢(がまん)しておられたけれど、ついに今日は泣いてしまわれた。

<こんなふうにずっと悲しんでいたのかと思われたくない>
いつもはなんとかお気を(まぎ)らわせていらっしゃる。
でもその間に積み重なったいろいろな感情が、ついにあふれてしまった。
一度こぼれはじめると涙は次から次へとあふれて、お止めになることができない。

<恥ずかしい>
中君(なかのきみ)はお顔をお(そむ)けになる。
それを宮様は向き直させて、
「私の言うことを素直に信じてくれる人だと思っていたけれど、そうではなかったのですね。それとも一晩のうちにお心が変わってしまったのだろうか」
と、ご自分のお(そで)で涙をぬぐっておあげになる。
「まぁ。そんなふうにおっしゃるなんて、宮様こそお心が変わった自覚がおありなのでしょう」
中君は少し微笑(ほほえ)んでおっしゃった。

「子どもっぽい言いがかりをおつけになる。完全な見当(けんとう)違いだから、ただかわいらしいなと思って聞いていますがね。男がどれほど言い訳しても、心変わりしたときにははっきりと分かるものですよ。もっとあからさまに態度に出るのです。そういう男女の常識をご存じないところがあなたの魅力(みりょく)でもあるけれど、私としては少し困ってしまう。

ご自分がもし私の立場だったらと考えてごらんなさい。親王(しんのう)などというしがらみの多い立場なのですから、自分の思いどおりには生きられません。もしこの先、私が(みかど)になるようなことがあれば、あなたを誰よりも愛していることを証明する方法があるのだけれど。しかしそれは軽々しく口に出すべきことではない。とにかく長生きして、その日を待っていてください」

上手に中君を(なぐさ)めていらっしゃるところへ、使者(ししゃ)が帰ってきた。
(ろく)(きみ)からお返事をお預かりしている。
六条(ろくじょう)(いん)でお酒をいただいたみたい。
ひどく()っていて、中君がいらっしゃるというのに、堂々とお庭に入ってきた。