野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

父宮(ちちみや)様や姉君(あねぎみ)宇治(うじ)で暮らしていたころは、物寂しく退屈(たいくつ)ではあったけれど、人生がつらいとは思わなかった。それがたてつづけにおふたりを亡くして、私ももう生きてはいられないと思うほどどん(ぞこ)に落ちたのだ。しかし思ったように死ぬことはできず、あれよあれよという間に都で暮らすことになってしまった。

永遠の幸せを手に入れたと浮かれはしなかったけれど、(みや)様は私を大切にしてくださって、だんだん悲しみも(うす)らいできた。そこへこの度のご結婚。つくづく(のろ)われた人生だ。
もうお会いできない父宮様や姉君とは違うのだから、さすがにときどきは私のところへもお越しくださるだろうと思っておけばよい。それは分かっている。しかし、今夜私を置いて出ていってしまわれたことがつらい。あれこれ思い出して、この先のことも心配になって、自分の心だというのにざわつきを(おさ)えられない>

それでも生きていれば多少はよいこともあるだろう、とお心を(なぐさ)めようとなさる。
そこへ月が明るく(のぼ)った。
まるで「現実から目を(そむ)けるな」とでも言うかのように。

二条(にじょう)(いん)のお庭を吹く風は、山荘(さんそう)のおそろしい風音に比べたら(おだ)やかで優雅だけれど、今夜は山荘の風が(なつ)かしくなってしまわれる。
<宇治でもこれほど悲しい秋風は吹かなかったのに>
宇治は宇治で悲しいこともたくさんおありだったはずだけれど、今の中君(なかのきみ)には匂宮(におうのみや)様がすべてなのでしょうね。

いつまでも縁側(えんがわ)で月を(なが)めていらっしゃるから、(ろう)女房(にょうぼう)が申し上げる。
「もうお部屋へお入りなさいませ。宮様が(おお)せになったように、おひとりで月をご覧になるのは縁起(えんぎ)が悪うございます。それに果物さえ召し上がらないとあっては、いったいどうなってしまわれることか。大君(おおいぎみ)がお亡くなりになる前もこうだったと、不吉(ふきつ)なことを思い出してしまうのです」

そう言ったあとで、ひそひそと女房同士で話している。
「新しいご結婚をなさっても、宮様はこちらの奥様を粗末(そまつ)にはなさいませんよね。あれほど深いご愛情だったのですから、完全に(えん)が切れてしまうことはないはず」
それもまた中君には聞いていられなくて、お耳をふさいでいらっしゃる。
周りにとやかく言われたくない、私ひとりでお(うら)みしていたい、ということかしら。

「それに比べて(かおる)(きみ)は本当にお(なさ)け深かったこと」
「どうして薫の君ではなくて匂宮様とご結婚なさることになったのでしょうね」
老女房たちはまだ何か言っている。