野いちご源氏物語 四九 宿木(やどりき)

もともと強引(ごういん)なところのない(かおる)(きみ)が、さらに落ち着いた口調(くちょう)でお話しになる。
直接お話しすることに抵抗(ていこう)(うす)くなって、中君(なかのきみ)は少しずつお声をお聞かせなさる。
「お具合がよろしくないと(うかが)いましたが、いかがでございますか」
というご質問にははっきりとお答えなさらなかったけれど。

いつもより中君が(しず)んだご様子なのを、
匂宮(におうのみや)様が(ろく)(きみ)とご結婚なさるからだろう>
とお気の毒にお思いになる。
奥様としてのお心構えを、まるで実のご兄妹(きょうだい)のように優しく教えておあげになった。

ときどき聞こえる中君のお声は、はっとするほど大君にそっくり。
これまではあまり似ていないと思っていらっしゃったのに。
間にある(すだれ)人目(ひとめ)も気にせず上げたくなってしまわれる。
<お具合が悪いというお姿さえ拝見したい。あぁ、やはりこれは恋だ。人は恋の苦しみから(のが)れられない生き物なのだ>
出家(しゅっけ)したいと強く願っていた自分さえそうなのだと、思い知ってしまわれた。

中君にさりげなくお伝えになる。
「たいして華やかな人生にはならなくても、落ち着いて自分の道を歩んでいけばよい、そのくらいのことはできるだろうと思っておりました。それが大君に恋をしてしまったばかりに、死別(しべつ)という悲しい目に()い、今はまたあなた様について後悔していることがあるのです。我ながらどうしようもないことでうじうじと心を悩ませています。

悩むといっても、世間の貴族たちが出世のことで悩んでいるのは、ごく当たり前と言えるのです。生活に直結(ちょっけつ)する問題なのですから。私の悩みなどそれに比べたらつまらないことで、そんなことのためにこれほど苦しむのは、(つみ)(ぶか)行為(こうい)なのでしょうね」

ご自分のお屋敷のお庭で折っていらした朝顔を、じっとご覧になる。
(おうぎ)の上でぐったりして、だんだん赤みがかっていくのがかえって美しい。
扇ごと(すだれ)のむこうへ差し出して、
「あなた様のことを大君は私に(たく)そうとなさいましたが、(おろ)かにもお断りしてしまいました」
とおっしゃる。

(つゆ)をつけたままそっとお持ちくださいましたのに、花はみるみる元気がなくなっていきますね。このまま露を残して()れてしまうのでしょう。姉君(あねぎみ)のように(はかな)い花ですけれど、残された露や私はもっと儚い運命でございます。何を頼りに生きていったらよいか分かりません」
とぎれとぎれに奥ゆかしくお返事なさる。
<やはりよく似ておいでだ>
薫の君は悲しくなりながら、宇治(うじ)のお話をなさる。