優花が案内されたのは、高砂から見て右側――友人席の中でも比較的前方にあたるテーブルだった。
席札の隣には、丁寧に折られた席次表。優花は自分の席を確認したあと、さりげなく席次表を開く。

美咲と健太は、友人たちが偏りなく座れるよう細やかに配慮してくれたらしい。
高校の共通グループは、このテーブルと、向かい側のテーブル、さらに奥のテーブルに分散していた。

優花は指先で、ある名前をそっとたどる。

――「沢村 宏樹」

宏樹の名前は、優花のテーブルの向かい側、高砂寄りの席にあった。
教会での位置より少し近いが、それでもすぐ隣ではない。

(……よかった)

胸の奥の緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。
もし隣の席だったら、きっと料理どころではなかっただろう。
適度な距離は、優花にとって“普通の友人として”振る舞うための最後の防波堤だった。

しかし――安堵と一緒に、微かな寂しさが胸に沈む。

この席順では、自分から動かなければ、宏樹とゆっくり話す時間はほとんどつくれない。

「優花、すっごい真剣に見てるね。健太の親戚に誰かイイ男いないか探してるわけ?」

隣の恵理がニヤニヤしながら覗き込む。

「ち、違うよ。ただ……二人の席順のセンスを見てただけ」

慌てて席次表を閉じる優花に、恵理は「ふーん」といたずらっぽく笑い、向かい側に視線を向けた。

「宏樹はあっちだもんね」

その言葉に心臓が跳ねたが、悟られないよう優花はグラスの水をひと口ふくむ。

宏樹はまだ席に着いておらず、友人たちと入り口付近で談笑していた。
優花は視線に気づかれぬよう、ほんの一瞬だけ彼の姿を確かめる。

広い会場の中で、彼は一社会人として、新郎新婦を祝福するためにそこにいる。
優花もまた、同じ立場の「友人」だ。

(大丈夫。席が離れていても、挨拶はしたし……二次会もある。話す機会は、きっと巡ってくる)

優花は席札にそっと触れる。
ここにいるのは、過去の片思いに縛られていた少女ではない――
大人の女性、相沢優花だ。

「よーし、乾杯までに飲み物頼もっか!」
恵理が腕を軽く叩く。

「うん」

優花は微笑み、係員にシャンパンを注文した。
グラスの中でシュワッと泡が弾け、光を反射して揺れる。

(今日の目標……五分間。宏樹と、普通に、穏やかに話す)

そして、
彼を“片思いの相手”ではなく、“友人の沢村宏樹”として自分の心に位置づけ直すこと。

グラスを手にしたとき、向かい側のテーブルが少しざわめいた。
宏樹が友人たちと共に、ようやく席へ向かったのだ。

椅子に腰を下ろす横顔は落ち着きがあり、笑うたびに柔らかな陰影が頬に浮かぶ。
そのさりげない仕草に、優花の胸はまた少しだけ騒ぎを増した。

彼を見ないようにと視線を切るのが、思っていたよりも難しい。

優花はシャンパンを小さく飲み、自分を落ち着かせるように息を整えた。

やがて照明が落ち、新郎新婦入場のアナウンスが流れる。
優花はグラスを置き、宏樹から視線を離した。

今この瞬間、優花が見つめるべきは――
大切な親友、美咲の幸せだ。

祝福の気持ちと、まだ整理しきれない期待。
二つの感情が、胸の中で静かに交差していた。