野いちご源氏物語 四七 総角(あげまき)

阿闍梨(あじゃり)はそれだけ言うと席を離れた。
(はち)(みや)様のご成仏(じょうぶつ)のために、阿闍梨は僧侶(そうりょ)たちをあちこちに行かせ、お(きょう)(とな)えさせている。
その僧侶たちが、ちょうどこの山荘(さんそう)に回ってきた。
お経の声がご病室まで聞こえてくる。
仏教におくわしい(かおる)(きみ)は、ありがたいことだとお思いになる。

そこへ中君(なかのきみ)が戻っていらっしゃる気配(けはい)がした。
薫の君は()ずまいを正しておっしゃる。
「あのお経は、八の宮様のために阿闍梨が特別に手配(てはい)したようです。頼もしい声ですね。ご成仏をお祈りする正式な儀式(ぎしき)ではないけれど、(とうと)いことに思えます。あぁ、千鳥(ちどり)の声も聞こえる。寒くて寂しいのでしょう」

静かなお声が匂宮(におうのみや)様に似ているような気がなさる。
つい直接お返事なさりそうになったれど、よその男性にお声を聞かせるわけにはいかない。
(べん)(きみ)を通じておっしゃった。
「千鳥は悲しみ悩む私の気持ちを知って、共感してくれているのでしょうか」
中君とは似ても似つかない(ろう)女房(にょうぼう)ではあるものの、それなりに品よくお伝えする。

大君(おおいぎみ)とこういうちょっとしたやりとりをするとき、あの人の奥ゆかしさとお優しさが感じられたものだった。亡くなってしまわれたらもうそんなやりとりもできないのか>
薫の君は茫然(ぼうぜん)となさる。