野いちご源氏物語 四七 総角(あげまき)

「先日の件でお心を痛めておいででしょう。匂宮(におうのみや)様も、宇治(うじ)までお越しになりながらこちらをお訪ねできなかったことを(くや)しくお思いです。先日のことも、あれ以来お越しがないことも、宮様にはどうしようもないご事情のためですから、どうか落ち着いていらしてください。(あせ)って(うら)(ごと)などをおっしゃってはいけません」

「妹はとくに何も申し上げていないようです。ただ私といたしましては、亡き父宮(ちちみや)様がご心配なさっていたのはこういうことだったのかと今さら理解いたしまして、妹が気の毒でございます」
お泣きになる気配(けはい)(すだれ)のむこうから伝わってくる。

(かおる)(きみ)は責任を感じて大君をお(なぐさ)めなさる。
「ずっと親密なままの夫婦というのは案外少ないものです。そういう世間のふつうをご存じないあなた様たちが、宮様をお恨みになるのは仕方のないことかもしれません。しかし、ここはひとつ()えてください。ご心配なさることはけっしてないと私は思っております」
熱心におっしゃりながら、<私はいったい何をしているのだ>という気がなさらないでもない。
ご自分の恋は進まないのに、人のお世話ばかりしていらっしゃるのだもの。

夜になると大君のご体調はいっそうお悪くなる。
薫の君はまだお部屋の近くに()(すわ)っていらっしゃる。
姉君(あねぎみ)の苦しそうなご様子を中君(なかのきみ)は心配なさって、薫の君の方をちらちらとご覧になる。
他人がおそばにいては気になってしまわれるわよね。

女房たちが中君のお気持ちに気づいて、
「やはりいつものお席にお移りくださいませ」
とお願いした。
「ご病気と(うかが)って、()ても()ってもいられず参ったのです。そんな私を追い払おうとなさるのはひどい。こういうときにするべきことを、ここにいる女房たちが仕切れましょうか」
すぐに僧侶(そうりょ)を呼んでご病気回復のお祈りをさせよと、薫の君は(べん)(きみ)にお命じになった。

<みっともないことになってしまった。別に長生きしたいわけでもないのに>
それでもきっぱりとお断りになることはためらっていらっしゃる。
「生きてほしい」という薫の君のご愛情はひしひしと伝わるから、大君は何もおっしゃらない。

結局いつもの客席へ行ってお休みになった翌朝、薫の君は女房を通じて大君にお尋ねなさる。
「少しはご気分がよろしくなりましたか。昨夜の席へ上がってお話しさせていただきたいのですが」
大君からは、
「もう何日も具合が悪いせいでしょうか、今日はひどく苦しゅうございます。しかし、そうまでおっしゃるのでしたら、どうぞこちらへお越しください」
というお返事があった。

<どのようなお具合なのだろう。いつもよりお優しいお返事なのが逆に心配だ>
薫の君は胸がつぶれるような気がなさって、急いでお部屋の近くへ向かわれた。
あれこれ話しかけてごらんになるけれど、大君からのお返事はない。
「苦しくて何も申し上げられません。少しよくなりましたら」
やっとかすかにそれだけ聞こえて、薫の君はお(なげ)きになる。
さすがにもう居座っていることはおできにならない。

「遠く離れたところにいらっしゃってはやはり不安です。場所を変えれば治る病気もあると申しますから、それを口実(こうじつ)に私の屋敷へお移りください」
とおっしゃってから、心配しながらお帰りになる。
山寺(やまでら)阿闍梨(あじゃり)にも、よくよくお祈りを頼んでおかれた。