野いちご源氏物語 四七 総角(あげまき)

去年の春、匂宮(におうのみや)様は長谷(はせ)(でら)へお参りなさった。
そのときお(とも)をした貴族たちが、山荘(さんそう)の思い出話をしている。
あのときはまだ(はち)(みや)様がお元気で、貴族たちは(かおる)(きみ)に連れられて山荘をご訪問したのよね。
「桜が見事(みごと)だった」
「あれから間もなく八の宮様がお亡くなりになって、姫君(ひめぎみ)たちはお心細くお暮らしだろう」
と、ご姉妹の(うわさ)(ばなし)もする。

匂宮様と中君(なかのきみ)のご関係をうっすら知っている人もいれば、まだ知らない人もいる。
でも、姫君たちの(うわさ)は結構広まっているみたい。
「たいそうお美しいそうだ。それに(そう)がお上手らしい。亡き八の宮様が熱心にお教えなさったとか」
というようなことを口々に言う。

夕霧(ゆうぎり)大臣(だいじん)様のお若いご子息(しそく)が、薫の君におっしゃった。
「去年の桜の(はな)(ざか)りに私もお(うかが)いいたしましたが、あの山荘の姫君たちは秋を寂しくお過ごしでしょうね」
薫の君が姫君たちの後見(こうけん)をなさっていることをご存じなの。
「桜が教えてくれるように、花も紅葉(もみじ)も美しいのはほんの短い間だけ。何事(なにごと)も永遠には続かない(むな)しい世の中です」
と薫の君はお返事なさる。

「秋はもう終わったというのに、山里(やまざと)の紅葉はすばらしく美しくて帰りにくい」
匂宮様のお迎えにいらした大臣様のご長男も、すぐにはご出発できないほど魅力的な景色よ。
「八の宮様がお亡くなりになっても、垣根(かきね)()(つた)は宮様をお(した)いしつづけているように見えます」
中宮役所の長官(ちょうかん)は年老いた人だから、八の宮様がお若かったころのことを思い出して泣いている。

「秋が終わって、八の宮様ももうおられないのだから、山荘に寂しい山風が吹かなければよいが」
姫君たちがますます心細くなってしまわれると、匂宮様は涙ぐみながらおっしゃる。
ご事情をなんとなく知っている貴族は、
<亡き八の宮様の姫君のところにお通いだと聞いたが、深く愛していらっしゃるらしい。せっかくここまでお越しになったのに、会えないまま都にお戻りにならなければいけないとはお気の毒だ>
とご同情している。
これほど大げさなお迎えが来てしまった以上、もう山荘へはお寄りになれない。

中国の詩も和歌もたくさん作られたけれど、どなたも()っていらしたからろくなものはなかったわ。
少しは書き残しておこうかと思ったけれど、どれも今ひとつすぎるからやめておくわね。