野いちご源氏物語 四七 総角(あげまき)

「今さら言い訳はいたしません。お()びは何度でも申し上げますが、気が収まらないとおっしゃるなら、私は何をされてもかまいませんよ。あなた様は(とうと)匂宮(におうのみや)様に()かれておいでになったのでしょう。それでも運命というものは残酷(ざんこく)で、宮様は中君(なかのきみ)に恋をしていらっしゃるのです。ご同情いたしますが、そのあなた様に恋をしている私はさらにいたたまれない気持ちです。

もうお(あきら)めください。今夜、中君は匂宮様の恋人になられました。一方あなた様は私と一緒にいらっしゃる。この戸をどれほどきちんとお閉めになっていても、私とあなた様の間に本当に何もなかったと思う人はいませんよ。もちろん匂宮様も、まさか私が苦しんだまま夜を明かすとはお思いにならないでしょう」
戸を無理やりこじ開けそうなご様子でおっしゃる。

大君(おおいぎみ)は非常にお怒りだけれど、こういうときに男性を刺激するのは逆効果だと分かっていらっしゃる。
「運命のお話は私には心当たりがございませんが、ただ、何にむかって(なげ)いたらよいのか分からない涙ばかりがあふれてまいります。私たちをいったいどのようになさるおつもりかと、悪い夢のなかにいるように不安なのです。これが世間の(うわさ)になれば、信じられない笑い話として語り継がれましょう。

どうかこれ以上、私に不安も恐怖もお与えにならないでくださいませ。もう死んでしまいそうな気がいたしますが、もし生きながらえることがございましたら、少し落ち着いたころにお返事を申し上げます。気分が非常に悪くなりましたので、今夜はもう休ませていただきとう存じます。(そで)をお放しくださいませ」

混乱なさっているけれど、しっかり者の大君らしくきちんとお気持ちをお伝えになる。
薫の君は気恥ずかしくなりながらも、そんな大君が可憐(かれん)(いと)しく思われて、必死におっしゃった。
「あなた様を失いたくないのです。あなた様のことばかりを考えているうちに、一途(いちず)に思いつめた気持ちがこり固まって、このような思いきったことまでしてしまいました。それにご同情いただけないどころか、言いようのないほどお(にく)みになるのでしたら、私はもうどうしようもありません。ますますこの世が嫌になりました」

懇願(こんがん)するようにお続けになる。
「戸はこのままで結構ですから、どうか私とお話しください。完全に振りきって行ってしまわれますな」
とおっしゃって、お袖を放しておあげになる。
大君はさっと身を引かれたけれど、奥のお部屋へお逃げにはならない。
お優しさと思いやりが薫の君のお心にしみる。

「あなた様がすぐそこにいらっしゃる、そのわずかなご気配(けはい)だけを心の支えにして夜を明かします。けっして無理なことはいたしません」
薫の君は一睡(いっすい)もおできにならない。
激しい川の音に目が()えてしまわれる。
山からの風の音が聞こえると、
(おす)(めす)が分かれて寝るという山鳥(やまどり)も、このような頼りない気持ちなのだろうか>
とご自分と重ねてごらんになって、なかなか夜は明けない。