俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜

 一方で、翔は二十九歳だと語った。

「専門店営業本部の参加は初だそうですね? プロジェクトに抜擢されて驚いたでしょう……って、ああ、もう面倒だな」

 口調がふと軽いものになる。

「すみません。外だけでいいので、タメ口でもいいですか? ですますだとどうも調子が狂ってしまって」

「は、はい。構いませんが……」

「じゃあ、入江さんもタメ口で頼む」

「えっ」

「対等じゃないと話しにくいだろう」

 口調がくだけたものになると、十年前のあの頃に戻った気分になる。

(……何を考えているの。身の程知らずよ)

 美波はぐっと気持ちを押し殺した。

 病院で翔と過ごした数ヶ月は、今となっては一時の夢のようなものだ。

 一方、当時の翔は失明しており、ずっと暗闇の中にいたのだから、むしろ悪夢の日々だったかもしれない。

 すっかり立ち直ってエリート社員として生きている今、思い出したくもない忌々しい記憶になっている可能性もある。

 そう考えると胸の奥がチクリと痛んだ、

 美波にとってはあの夏の日々の記憶だけは、何年経ってもキラキラして輝いていて、宝物のように大切な思い出だったから。

 だからこそ、その輝きを失わないためにも、自分の正体を明かすことはできなかった。

(翔君にだけは嫌われたくないし、失望されたくない……)

「――入江さん」

 不意に翔が背中を向けたまま立ち止まる。

「聞きたいことがある」