――自分は「ナツ」だと嘘を吐いた茉莉は、その後翔が十年前の出来事についていくつか尋ねてみても、「もう十年も前のことなので、細かいことはそれほど覚えていない」と言い訳をしてきた。
「でも、あなたと話しているうちに思い出すかもしれない」と、とにかく二人きりで会おうとしきりに誘ってくる。
なるほど、大抵の男ならそれで納得するのだろう。しかも、これほどの美人に誘われたら、コロリと落ちるのかもしれない。
けれど、もう美波が好きだと自覚していて、声で人の嘘がわかる翔は、いつも冷めた気持ちで彼女の話を聞いていた。
(この女は何が目的なんだ)
自分をものにしようとしているのはわかるが、なぜこうも必死になっているのか。
――その夜も茉莉は翔のスマホに電話をかけてきて、『高橋さんの声を聞きたくて』と媚びた声で誘ってきた。
「……俺、茉莉さんに個人の電話番号教えていないですよね。どうやって入手したんですか」
『もう、いいじゃない。そんなこと』
スマホを通しての茉莉の声は、美波のそれによく似ている。けれども、欲と嘘に塗れていてまるで綺麗に思えない。そして、手段を選ばない女だということもたった今よくわかった。
「用がないなら切りますよ」
すると、茉莉は焦ったように声を上げた。
『もう駅前に来ちゃっているの』
「は? もうこっちに来た? 今どこなんですか」
慌てて辺りを見回すと、道路の向こう側にいた茉莉が、こちらに気付いて手を振ってきた。
「高橋さん、会いたかった」
「……」
「ここに来たって言うことは、俺の住所も知ってるってことですよね。教えた記憶はないんですが」
「……好きな人のことを知りたいって、そんなにいけないこと?」
(この話の通じなさはなんだ)
同時に、何かに追い詰められたような、焦った雰囲気を感じた。
そんな状態なのに目を潤ませて見上げられても、ぐっとくるどころか気持ち悪いとしか思えない。
「俺を好き……ね」
「私を信じてくれないの? どうしてそんなに冷たいの?」
「……」
茉莉は翔が動じないと察したのか、今度は泣きながらしなだれかかってきた。
「やめてください」
肩を掴んで押し戻す。
「どうして? 私はあなたのナツなのに?」
「あれはもし茉莉さんがナツだったら、昔世話になった礼を言いたかっただけです。茉莉さんとどうかなろうという気はありません」
「でも……」
「帰ってください。勝手に個人情報を入手して家まで押し掛けてくるとか、もうストーカーですよ。通報されたいんですか」
翔がきっぱり告げると茉莉は悔しそうに唇を噛み締めた。
「何よ……」
それでも、俺が通報する仕草を見せたからだろう。「ひどい……」と被害者面をしつつ身を翻した。
その背が駅構内に消えるのを見送り、とんでもない女だなと溜め息を吐く。
(しかし、一体誰が俺の個人情報を漏らしたんだ)
イダテン内の社員だとしか思えない。イダテンの社員も全員コンプライアンス意識が高いはず。なのに、個人情報を漏らすなんてどうしてしまったのか。
そんなことを考えつつスマホを仕舞おうとしたところで、不意に着信が入る。探偵事務所社長の悪友からだった。
「もしもし」
『おい、入江茉莉の転職理由が判明した。というか、とんでもない女だったぞ。あのな、前の会社で――』
電話の向こうの悪友が語る情報は、確かにとんでもない女に相応しい内容だった。
「でも、あなたと話しているうちに思い出すかもしれない」と、とにかく二人きりで会おうとしきりに誘ってくる。
なるほど、大抵の男ならそれで納得するのだろう。しかも、これほどの美人に誘われたら、コロリと落ちるのかもしれない。
けれど、もう美波が好きだと自覚していて、声で人の嘘がわかる翔は、いつも冷めた気持ちで彼女の話を聞いていた。
(この女は何が目的なんだ)
自分をものにしようとしているのはわかるが、なぜこうも必死になっているのか。
――その夜も茉莉は翔のスマホに電話をかけてきて、『高橋さんの声を聞きたくて』と媚びた声で誘ってきた。
「……俺、茉莉さんに個人の電話番号教えていないですよね。どうやって入手したんですか」
『もう、いいじゃない。そんなこと』
スマホを通しての茉莉の声は、美波のそれによく似ている。けれども、欲と嘘に塗れていてまるで綺麗に思えない。そして、手段を選ばない女だということもたった今よくわかった。
「用がないなら切りますよ」
すると、茉莉は焦ったように声を上げた。
『もう駅前に来ちゃっているの』
「は? もうこっちに来た? 今どこなんですか」
慌てて辺りを見回すと、道路の向こう側にいた茉莉が、こちらに気付いて手を振ってきた。
「高橋さん、会いたかった」
「……」
「ここに来たって言うことは、俺の住所も知ってるってことですよね。教えた記憶はないんですが」
「……好きな人のことを知りたいって、そんなにいけないこと?」
(この話の通じなさはなんだ)
同時に、何かに追い詰められたような、焦った雰囲気を感じた。
そんな状態なのに目を潤ませて見上げられても、ぐっとくるどころか気持ち悪いとしか思えない。
「俺を好き……ね」
「私を信じてくれないの? どうしてそんなに冷たいの?」
「……」
茉莉は翔が動じないと察したのか、今度は泣きながらしなだれかかってきた。
「やめてください」
肩を掴んで押し戻す。
「どうして? 私はあなたのナツなのに?」
「あれはもし茉莉さんがナツだったら、昔世話になった礼を言いたかっただけです。茉莉さんとどうかなろうという気はありません」
「でも……」
「帰ってください。勝手に個人情報を入手して家まで押し掛けてくるとか、もうストーカーですよ。通報されたいんですか」
翔がきっぱり告げると茉莉は悔しそうに唇を噛み締めた。
「何よ……」
それでも、俺が通報する仕草を見せたからだろう。「ひどい……」と被害者面をしつつ身を翻した。
その背が駅構内に消えるのを見送り、とんでもない女だなと溜め息を吐く。
(しかし、一体誰が俺の個人情報を漏らしたんだ)
イダテン内の社員だとしか思えない。イダテンの社員も全員コンプライアンス意識が高いはず。なのに、個人情報を漏らすなんてどうしてしまったのか。
そんなことを考えつつスマホを仕舞おうとしたところで、不意に着信が入る。探偵事務所社長の悪友からだった。
「もしもし」
『おい、入江茉莉の転職理由が判明した。というか、とんでもない女だったぞ。あのな、前の会社で――』
電話の向こうの悪友が語る情報は、確かにとんでもない女に相応しい内容だった。

