俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜

 その後は美波持参のアイスロイヤルミルクティーを飲みながら、二人で他愛ないお喋りを楽しんだ。

「へえ、お前の制服って学校セーラー服なんだ」

「翔君が通ってた高校はどうだった?」

「男も女もブレザーだったな」

(翔君と知り合ってもう二ヶ月。まさか、こんなに仲良くなれるなんて思わなかった)

 美波にとってこうした翔との一時が、かけがえのないものになっていた。

(ずっとこうしていられたらいいのに……)

 そう感じるのはいずれ終わりが来るとわかっているからだ。だが、その時はまだ先だと思っていた。いや、そう思いたかった。

 だから、不意に話が途切れて同時に翔も黙り込み、やがて口を開いて話を切り出した時には、一瞬にして全身が凍り付いたような気がした、

「俺、角膜の移植手術受けようと思うんだ」

「えっ……」

「なかなか決心できなかったんだけど、やっと踏ん切りが付いた。最初にお前に言いたかったんだ」

 翔は今まで口にしたことのなかった、まったく見えない世界について語った。

「目が見えなくなるって視界が真っ暗になるってわけじゃないんだ」

 正確には真っ暗になる患者もいるが、グレーや真っ白、ピンク一色など人によって違うらしい。

「俺の場合は……ブルーとグレーの中間。青灰色? ブルーグレー? ずっと海の中にいるみたいだった」

 それも、深く冷たい冬の海だ。

「もうサッカー選手になれないって聞いて、自棄になっていたからかもな。俺には絶望の色に見えた」

 たとえ目が治ってもサッカー選手になれないなら、結局心はその海の中に沈んだままだ。なら、手術を受けたところで同じだと感じた。

「生きている限り、この冷たい海の底にいるしかないのかって苦しかった。だけど――」

 眼帯越しの見えない目を美波に向ける。

「だけどあの日……お前に初めて会ったあの日、波の音が聞こえた気がしたんだ」

 寄せては引く心落ち着かせる波の音。あまりに優しく綺麗で泣きたくなるような――。

「……お前の声だった」