俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜

「……」

 翔が優しい微笑みを浮かべた。美波が初めて見る笑い方だった。

「ここは一つ平等に行こうぜ。全部半分にするってのはどうだ。ナイフあるか?」

「あっ、うん。プラスチックのものなら……」

 美波は翔に言われるがままケーキを全部半分にし、紙皿に取り分けて「はい、どうぞ」と翔の膝の上に置いた。

 翔は現在なるべく自力で食事を取ることにしているそうだ。介助されるのはやはり抵抗があるし、失敗してもいいからと看護師に言われたからと。

 だから、ケーキとフォークだけを手渡して、手助けはしないつもりだったのだが、「食わせてくれない?」と頼まれたので驚いた。

「えっ、でも……」

「クリームが顔に付いたら嫌だし」

「わ、わかったわ」

 美波はチョコレートケーキを切り取り、「どうぞ」と翔の口元まで近付けた。

(これって、漫画でカップルがやっていた、「はい、あーん」じゃ……)

 同時に、翔の端整な顔がいつもより近付いて、また心臓がドキドキしてしまった。

(やっぱり綺麗な顔しているな……)

 決して中性的な顔立ちではないのにそう感じる。青年らしい甘さのないシャープな頬の線と、整えたわけでもないのに形のいい眉。すっと通った鼻と薄い唇――。

 翔がパクリとケーキを食べる。

「うまい! やっぱりケーキはこれくらい甘くなきゃな。甘さ控え目なんてクソ食らえってんだ。うん、夏に食うケーキも悪くないな」

「美味しかったのならよかった。ここのケーキ、私大好きなの」

 翔はその後も美波に「はい、あーん」をねだった。ところが、シュークリームの番になったところで、翔がのだ体をわずかに動かしたので、美波の手が滑ってカスタードクリームが頬に付いてしまった。

「あっ、ごめん! 今取るから」

 美波は制服のポケットからハンカチを取り出し、翔の頬をそっと撫でるように拭いた。

 自分から翔に触れたのは五月に翔を止める際、抱き付いて以来ではないだろうか。

 心臓を高鳴らせつつハンカチを仕舞う。

「……サンキュ」

 まだクリームが付いていないかと気になるのか、翔が拭いたところを自分の手で触れている。

「もう、ちゃんと拭いたよ?」

「違う。お前を疑っていわけじゃないよ。ただ、俺もお前に――」

「えっ、何?」

「……いや、なんでもない。まだ早いよな」

 翔はそれきり口を噤み、また笑って空を仰いだ。