俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜

 ――翔は美波と一緒に病室に戻りベッドに腰を下ろすと、真っ先に「看護師には知らせないでくれ」と頼んできた。

「バレると今度こそ鍵閉められて監禁されそうだからさ」

「……」

 美波はベッド脇に置かれていた、来客用の椅子に腰を下ろした。

「どうして抜け出そうとしたのか、理由を教えてくれたら知らせない」

「それは……」

「また同じことされたら冗談じゃないもの」

「……」

「もう、仕方ないな」

 美波は腰を上げるとドアに向かって「看護師さーん」と叫んだ。

「さっき、ここの部屋の人逃げようとして――」

「待て! わかった! 言う! 白状するから止めろ!」

「最初からそうすればよかったのに」

 美波はくすくす笑いつつ、不思議だと感じていた。

(なんだか私じゃないみたい)

 四つも年上の、それもこんなにキラキラした特別な人の近くにいるのに、姉の茉莉を前にした時のように萎縮しない。それどころかいつもより大胆になれる。

(そうか。この人の目が見えないから……)

 翔には美波の声しか聞こえない。どんな容姿で雰囲気なのかわからない。だから、茉莉と比べられることもない。

(……ごめんなさい。ずるいよね。でも……)

 だったら、翔が誤解しているように、大胆でおかしな女でいたかった。

 一方、翔は観念したと言ったように溜め息を吐き、今度は病室の天井を仰いだ。

「……ここから逃げ出したくてさ」

「逃げ出す? どうして? 入院しないと治らないでしょう」

「……」

 長い指で見えない目を覆う。

「病室にずっといると、自分がもう自分がただの病人だって思い知らされる」

 時折「畜生」と唸り、それでも言葉を続けた。

「薬とか、消毒液とか、そういうものの匂いがするだろう。だから、離れたかったんだ。……俺、サッカー選手目指してて、もうプロリーグのトップチームに内定してたんだ。それが、昨日ついに取り消された」