俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜

「怪我はありませんか?」

 もう一度声を掛けると、翔が肩をピクリとさせた。

「……あ、んた、看護師か。介護士か。それとも看護助手か?」

「どれでもありませんけど……」

「病院関係者じゃないのか。なら、いい。ほっとけ」

 翔は手探りで右の松葉杖を掴んだ。

「どこに行くつもりですか」

「……あんたには関係ないだろ」

 翔は壁に縋り付きつつ、どうにか体勢を立て直した。

「駄目です! そっちは下り階段!」

 翔が歩き出そうとしたので、泡を食って前から抱き付く。

 肩を掴んだり手首を引っ張ったりしたら、バランスを崩してまた転んでしまうかもしれない。だが、自分が抱きかかえる形ならなんとかなると思ったのだ。

「うわっ」

「絶対に行かせないから!」

 目が見えず利き足は骨折した状態で、階段を下りることなどできるはずがない。転落して今度こそ死んでしまっては、せっかく助かった命がもったいないではないか。

 なお、翔が巻き込まれた玉突き事故事故では四人も亡くなり、うち一人はまだ小学生の女の子だったと聞いている。これ以上犠牲が出るなど冗談ではなかった。

 美波の迫力としつこさに根負けしたのだろう。翔はやがて溜め息を吐いて天井を仰いだ。

「わかった……。わかったから離せよ。部屋に戻るからさ」

 一転してくすっと笑って見えない目で美波を見下ろす。

「というか、あんた大胆な女だな」

「大胆?」

 一体どこがと首を傾げていると、翔は「俺に抱き付いてるだろ」と指摘した。

「しかも、胸押し当ててるし、一歩間違ったら痴女だぞ。……というかあんた、結構いい体してるな」

 遠回しに胸が大きいと言及され、美波は小さく悲鳴を上げて後ずさった。

「くっ……」

 次の瞬間、翔がまた倒れそうになったので、再び駆け寄ってその体を支える。

「おい、また痴女状態だぞ。まあ、俺は構わないけど」

「もう、何も言わないでよ!」

 なりふり構う余裕がないからか、丁寧語がすっ飛んでタメ口になってしまった。

 しかし、もうこの際タメ口でも痴女でも構わなかった。翔がまた怪我をしていなければ――。

「そんな場合じゃないでしょう。痛いところはない? 大丈夫?」

「……」

 翔はやがてまたくすりと笑い、おかしそうにこう呟いた。

「……変な女」