昼下がりのオフィス街。
ガラス張りのビルが光を跳ね返し、
車寄せには黒い車が静かに止まっていた。
その少し離れた場所。
人混みの中に、
紛れるように立つ影がひとつ。
黒いコート。
整った横顔。
ノイズのない気配。
新堂晶司。
彼は何もせず、
ただ“見ていた”。
志穂がビルから出てくる。
その後ろに、悠真。
ふたりが並んで歩く姿を、
晶司の瞳がゆっくり追う。
(……迎えに来たのか)
口元が、わずかに緩む。
(反応が早い……
さすがだな、一条悠真さん)
皮肉でも賞賛でもない。
ただの“観察”。
(だが——)
ふたりの距離は、
明らかに昨日までより近い。
志穂は緊張した顔で、
どこか不安げに悠真を見上げる。
(……まだ足りない)
(彼女の目は……
“救われて”いない)
晶司はそれを見逃さない。
(不安は残っている。
心配は消えていない。
——つまり、まだ揺らせる)
その冷静な分析が、
無表情のまま淡々と進んでいく。
運転手が車のドアを開けた。
志穂が乗り込む。
続いて悠真も。
車内にふたりが消えると、
晶司の瞳がごくわずかに細められた。
(……密室か)
風でも吹いたかのように、
晶司のコートが揺れた。
だが彼は歩き出さない。
追いかけもしない。
ただ、静かに“立ち続けた”。
通り過ぎるスーツ姿の会社員たちは、
彼がそこにいることすら気づかない。
影のように存在して、
影のように息づく。
(志穂さん……
どんな顔をしているだろう)
(泣いているか?
怯えているか?
それとも——
安心して、甘えているか?)
そこまで考えた瞬間、
晶司の目にふっと光が宿った。
興奮でも焦りでもない。
もっと静かで、もっと深い。
(泣いている顔が見たい)
(怯えて震える肩を見たい)
(“救い”を求める目を……
もう一度、間近で)
その欲望が、
胸の奥でじわりと熱を増した。
愛ではない。
恋ではない。
ただの——
「観察したい」 という狂気。
車がゆっくり動き出す。
志穂と悠真を乗せて、
通りを進んでいく。
晶司は動かない。
追わない。
(今は……まだいい)
(焦る必要はない)
(距離を詰めるには……
“彼女の不安”が残っている状態が好ましい)
コートのポケットに手を入れ、
小さな黒い録音デバイスの感触を確かめる。
(次は……声だ)
(いつでも“震えた声”を聞けるように)
(どんな言葉で壊れるのか……
もっと知りたい)
車が視界から消えた後も、
晶司はその方向を静かに見つめていた。
風が吹き抜ける。
しかし晶司の頬には、
少しの揺らぎもない。
(志穂さん……
あなたは、面白い)
(あの優しさも、
弱さも、
涙も——)
(俺を惹きつける)
そして、
その瞳の奥に浮かぶのはただひとつ。
「また泣かせたい」
という、静かな狂気。
(次は……もう少し近くで)
足を一歩だけ前に出す。
それは、
ゆっくりと迫ってくる影の一歩。
志穂の知らないところで、
狂気は確実に深まっていた。
ガラス張りのビルが光を跳ね返し、
車寄せには黒い車が静かに止まっていた。
その少し離れた場所。
人混みの中に、
紛れるように立つ影がひとつ。
黒いコート。
整った横顔。
ノイズのない気配。
新堂晶司。
彼は何もせず、
ただ“見ていた”。
志穂がビルから出てくる。
その後ろに、悠真。
ふたりが並んで歩く姿を、
晶司の瞳がゆっくり追う。
(……迎えに来たのか)
口元が、わずかに緩む。
(反応が早い……
さすがだな、一条悠真さん)
皮肉でも賞賛でもない。
ただの“観察”。
(だが——)
ふたりの距離は、
明らかに昨日までより近い。
志穂は緊張した顔で、
どこか不安げに悠真を見上げる。
(……まだ足りない)
(彼女の目は……
“救われて”いない)
晶司はそれを見逃さない。
(不安は残っている。
心配は消えていない。
——つまり、まだ揺らせる)
その冷静な分析が、
無表情のまま淡々と進んでいく。
運転手が車のドアを開けた。
志穂が乗り込む。
続いて悠真も。
車内にふたりが消えると、
晶司の瞳がごくわずかに細められた。
(……密室か)
風でも吹いたかのように、
晶司のコートが揺れた。
だが彼は歩き出さない。
追いかけもしない。
ただ、静かに“立ち続けた”。
通り過ぎるスーツ姿の会社員たちは、
彼がそこにいることすら気づかない。
影のように存在して、
影のように息づく。
(志穂さん……
どんな顔をしているだろう)
(泣いているか?
怯えているか?
それとも——
安心して、甘えているか?)
そこまで考えた瞬間、
晶司の目にふっと光が宿った。
興奮でも焦りでもない。
もっと静かで、もっと深い。
(泣いている顔が見たい)
(怯えて震える肩を見たい)
(“救い”を求める目を……
もう一度、間近で)
その欲望が、
胸の奥でじわりと熱を増した。
愛ではない。
恋ではない。
ただの——
「観察したい」 という狂気。
車がゆっくり動き出す。
志穂と悠真を乗せて、
通りを進んでいく。
晶司は動かない。
追わない。
(今は……まだいい)
(焦る必要はない)
(距離を詰めるには……
“彼女の不安”が残っている状態が好ましい)
コートのポケットに手を入れ、
小さな黒い録音デバイスの感触を確かめる。
(次は……声だ)
(いつでも“震えた声”を聞けるように)
(どんな言葉で壊れるのか……
もっと知りたい)
車が視界から消えた後も、
晶司はその方向を静かに見つめていた。
風が吹き抜ける。
しかし晶司の頬には、
少しの揺らぎもない。
(志穂さん……
あなたは、面白い)
(あの優しさも、
弱さも、
涙も——)
(俺を惹きつける)
そして、
その瞳の奥に浮かぶのはただひとつ。
「また泣かせたい」
という、静かな狂気。
(次は……もう少し近くで)
足を一歩だけ前に出す。
それは、
ゆっくりと迫ってくる影の一歩。
志穂の知らないところで、
狂気は確実に深まっていた。

