「お前も皇帝の噂は知っているだろう」

「はい……」

フロスト帝国の新皇帝イザークは、冷酷で狼さながらに残酷だと聞いたことがある。その噂からついた二つ名が「氷の帝王」だ。人間らしい心を持たぬ皇帝だという意味だ。

イザークは兄弟の皇子たちを氷魔法で皆殺しにし、強引に皇太子の座を手に入れただけではない。腹心だったはずの側近を、臣下たちの目の前で斬り殺したこともあるそうだ。

挙げ句、父帝も暗殺したのではないかとも噂されている。急な病死だと発表されてはいるが、そう疑ってしまうほど、一年前の前皇帝の死は突然すぎた。

もっとも、エオストレ王国はその死のおかげで、すんでのところで滅亡を免れたのだが。

「そんな恐ろしい男のもとに大事な娘を嫁がせるわけにはいかん。クラウディアも絶対に嫌だと言っている。どんな目に遭わされるかわかったものではない」

つまり、妃として嫁がせるとは名ばかりで、エオストレ王国延命のための生贄のようなものなのだらう。

「……」

「それにフロスト帝国側はクラウディアを寄越せと言ったわけではない。あくまで異能を持つ王女だとしか言っていない。お前を嫁がせても嘘を吐いたことにはならん」

詭弁だ。クラウディアの異能は国内外で有名で、「異能を持つ春の国の王女」は、クラウディアを意味している。

なのに、ろくな力もなければ美しくもない、出がらし姫を押し付けられた帝国皇帝は、一体どんな反応を見せるのだろうか。殺される可能性も低くはないのではないか。

ラーラは喉の奥から出かけた言葉を呑み込んだ。

(お父様、私ならどうなっても構わないのですか?)

しかし、問い掛けたところで「出がらしのお前が何を言っている」と叱責されるだけだ。

だから、「わかりました」と応えるしかなかった。

「わかり、ました……」