うう。
 ううう。
 ううううう。

 フードのなかに手を突っ込み、頭をがりがりと掻きながら書庫のなかを意味もなく歩き回る。と、うず高く積まれていた本の山に足を引っかけてしまった。雪崩が発生し、わたしは他愛もなく潰された。

 「ふぐぉ」

 潰されたまま、起き上がれない。床の匂いを嗅ぎながらふるふると震えている。ぽつりぽつりと目元から雫が落ちて水溜りをつくってゆく。

 「……ど、ど……う、しよ……」

 退学届は、明後日の午後、提出しようと思う。
 フィオナさまはそう言って、ぐっと唇を嚙み締めた。なにかを堪えてるようだったけど、それも悲しかった。わたしに遠慮することないのに。大声上げて泣いてほしい。わたしも泣くから。そのための、わたしだし。

 学院は三年制だ。だから、二年次でだめでも三年次がある。チャンスは残ってる。諦めないで。わたしはつたない言葉で、それでも必死にフィオナさまに訴えた。
 だけど、フィオナさまは微笑みながら首を振った。
 何年かけても、変わらないと思う。わたしには縁がなかったんだよ。
 そういって立ち上がり、深々と頭をさげて、いちばん聞きたくなく言葉を置いて出て行ってしまった。
 いままで、ありがとう。元気でね。

 「……うぐ……ふ……も、もう、フィオナさまひとりの身体じゃないのに……」

 いや、ひとりの身体だけど。だけどだけど。
 フィオナさまは、もう、わたしの魂だ。フィオナさまなしの毎日なんて考えられない。もちろんいつかは卒業するからお別れは来る。それでもフィオナさまにとって幸せな旅立ちなら、わたしは耐えられる。
 でも、でも。これはだめ。わたしが生きていけない。この先の永い時間を、フィオナさまがため息と沈鬱のなかで生きていくなんて考えたら……。

 「……考えろ、ノエラ。なにかある。必ずある」

 木張の床にがりりと爪を立てながら、背中に本を載せながら、わたしはぐいと首を上げた。こち、こち、という大時計の音だけが静かな室内に反響している。その音に掴まるように、わたしは深く深く、思考の水底に沈んでいった。
 考えろ。
 すべては、原因と結果。因果律だ。
 望みに届かないという結果があるのは、障害という原因があるからだ。
 障害とはなんだ。
 取り巻き。公爵令嬢。憎き女たち。
 そこまで考え及んで、わたしの脳裏に短剣とか毒矢とかが浮かんできたので慌てて首を振る。そうじゃない。そこじゃない。

 最大の障害は、想いびとに気づいてもらえないこと。フィオナさまを見てもらえないこと、その輝きを知ってもらえていないこと。
 気づいてさえくれれば、視界にさえ入れれば、フィオナさまなら必ず、お相手の心に触れることができるはず。

 では、どうすれば気づいてもらえる。
 大声を上げさせる。奇抜な振る舞いをしてもらう。だめだ。変なひとがいるね、で終わりじゃないか。
 実力行使、ぐいぐいと取り巻きに割り込む。腕力で。いやいや、それができるフィオナさまなら苦労はない。
 どうすればいい。気づいてもらい、好意を含んだ視線を向けてもらうためには。

 「……誰かが、気づかせればいい」