野いちご源氏物語 四五 橋姫(はしひめ)

「ずっと知りたかったことではあるが、母宮(ははみや)にとってはお若いころの恥であろう。そなたの他に事情を知っている人はいるのか。これまで私の耳には入らなかったけれど」
「私の他には、すでに亡くなった小侍従(こじじゅう)という女房(にょうぼう)だけでございます。他の人には一言も()らしておりません。たいした身分でもない私どもですが、小侍従は(おんな)(さん)(みや)様の乳母子(めのとご)、私は衛門(えもん)(かみ)様の乳母子として、夜も昼もおそばにお仕えしておりました。それで自然と事情を知ることになったのでございます。

衛門の督様が恋心をお胸に収めきれないときには、私と小侍従が文通のお手伝いをしておりました。あまりに恐れ多い秘密ですから、あなた様にもこれ以上くわしいことはお話しいたしませんが。
衛門の督様のご遺言(ゆいごん)には、正直なところ困っておりました。『私の子は源氏(げんじ)(きみ)のお子として生まれたが、いつか本当のことを教えてあげてほしい』とおっしゃいましたが、私などが仏様にお祈りしても、そもそもあなた様にお目にかかれるかどうか。でもこうしてお祈りの効果が表れたのですから、仏様は本当にいらっしゃるのだと思い知りました。

衛門の督様からお預かりした物もございます。こちらは女三の宮様にお渡しするようにおっしゃいましたが、事情があって私が持ちつづけておりました。ここまでお話ししてしまったのですから、尼宮(あまみや)様ではなくあなた様にお渡ししても問題ないと存じます」
弁の君はそう言うと、袋を差し出した。
中には古い手紙がいくつか入っているみたい。

「しかるべき方にお渡しできないなら、死ぬ前に焼き捨てようと思っておりました。他の人に見つけられて、世間に広まってしまったら大変なことになりますから。でも、いよいよそうするしかないと(あきら)めかけたころに、あなた様がこちらの山荘(さんそう)にお越しになるようになったのです。もしかしたらお目にかかれる日が来るかもしれないと、また祈りはじめました。ぎりぎりのところでご遺言をお守りできたのは、やはりそうなる運命だったからでございましょう」

(かおる)(きみ)がお生まれになったときの衛門の督様のご様子を、弁の君は泣きながらお聞かせする。
無事のご出産に安心なさったことや、我が子の顔を見ることもできず悲しんでおられたことを、ひとつひとつ思い出しながらお話し申し上げた。