野いちご源氏物語 四五 橋姫(はしひめ)

不思議な(みや)様でいらっしゃるでしょう?
(はち)(みや)様がこれまでどういうご生涯(しょうがい)だったかというと、まず、(ちち)(みかど)(はは)女御(にょうご)様も幼いころに亡くしてしまわれたの。
しっかりした後見(こうけん)役がいないところへ近づいていらっしゃったのが、当時の弘徽殿(こきでん)の女御様。
覚えているかしら、源氏(げんじ)(きみ)を嫌っていた意地悪な女御様よ。

この女御様は新しい帝の母君(ははぎみ)だった。
東宮(とうぐう)藤壺(ふじつぼ)中宮(ちゅうぐう)様がお生みになった皇子(みこ)様。
この皇子様のことが弘徽殿の女御様はお気に召さない。
なぜなら後見役が源氏の君だったから。

それで女御様は、この皇子様を東宮の(くらい)から引きずりおろして、八の宮様を新しい東宮にしようとなさった。
結局その計画は失敗するのだけれど、八の宮様は源氏の君から距離を置かれてしまわれた。
そんなことがあって内裏(だいり)でのお立場をなくし、世間から忘れ去られていらっしゃったのよ。

権力争いに巻き込まれた少年時代だったから、深く学問などはなさっていない。
ましてや上手な()(わた)りの仕方を学ぶことなどおできにならなかった。
ご成人後も驚くほどおっとりとしたままで、まるで深窓(しんそう)姫君(ひめぎみ)のようでいらっしゃったの。

父帝や母女御様から相続(そうぞく)なさった財産はたくさんあった。
でも、いつの間にか少しずつ、消えるようになくなっていった。
ふだんお使いになる家具にだけは立派なものが残っている。

お訪ねしたりご支援(しえん)したりする人はいない。
寂しさを(まぎ)らわせようと、内裏(だいり)から音楽の師匠(ししょう)を招いてはちょっとした音楽会をなさっていたから、音楽に関しては優れた方でいらっしゃるのだけれどね。
源氏の君の一族が権力を(にぎ)る時代が長く続いて、宮様の方から世間に出ていくことも遠慮なさっていた。
そうして近ごろでは、出家(しゅっけ)していないのに僧侶(そうりょ)のような人になってしまわれたの。