その翌日。いつもより早く起きた私は静かに井戸で顔を洗い、みんなが起きるのを待っていた。
挺身隊の工女さん達は、日勤勤務らしく、夜には自分の家に帰るんだと。
そして工女さんを先頭に私達は食堂に入っていく。
「新入りはこっちの席。真ん中は絶対に座っちゃ駄目よ」
「はい」
他にも食事の配膳棚から近い窓や窓側の席などはベテランの指定席なので、絶対に座るなということも教えてくれた。
......仕事以外にも沢山の決まり事があるんだ。
年功序列という暗黙の規則。まずは食事を済ませて、仕事場に向かった。
工場の中は、思ったよりも暗かった。
天井は高く、鉄骨がむき出し。奥の方では、すでに機械が低い唸り声を上げている。
油と鉄の匂い、そしてどこか焦げたような臭気。
指示を受けた仕事は何とかこなせそうだった。新入りなので作業も比較的簡単なものだった。
最初の仕事は、飛行機部品のバリ取りだった。
小さな鉄片を削るだけの単純作業。
だが、それでも失敗すれば不良品になる。
指導係の女工さんが厳しい声で言った。
「兵隊さんは戦場で戦い、私達は銃後を守る!ほら、頑張るよ!!」
「はい!!」
みんなの声が揃う。
兵隊さん達は私達の為に命懸けで戦ってくれている。私達女学生は直接それをお手伝いすることはできないから、工場で働くことで兵隊さんのお手伝いをする。という合言葉だった。
町の電信柱の縦看板に書かれていた『一億一心』というスローガンを思い出した。
小さな手に、やすりを握り直す。
ごうん、ごうんと機械が鳴るたび、床がわずかに震えた。
時間が経つにつれ、手のひらには豆ができ、粉塵が髪に絡む。
仕上げの精度が悪いと、飛行中に振動が出ると聞かされた。けれど、誰もその飛行機がどこへ飛び、誰が乗るのかまでは知らない。
機械の音が途切れず響く。
(ご飯食べたのにもうお腹空いてきた......)
朝ご飯は麦七割、米三割の麦飯にたくあん、大根の葉っぱのお味噌汁。
トントン、と鉄槌のような音が交じる度、遠くで雷が鳴っているように錯覚した。
教室でペンを走らせていた日々が、まるで遠い昔のことのように思えた。
空襲警報が鳴っても、指示があるまでは避難できない。
「次はここの角をもう少し平らにして!」
指示に従い、細かく削り続ける。繰り返し作業の単調さに、まぶたが重くなる。時折、機械の大きな音にびくっと肩をすくめる。汗と埃が混ざった匂いが鼻を刺す。
お昼近くになると、作業停止のサイレンが鳴った。
お昼休憩、ということなのだろう。
作業台を離れ、工場の外に出た。薄曇りの空はまだ冷たく、吹き抜ける風が髪をぴたりと顔に貼り付ける。短く切り揃えられた原っぱに班ごとに敷物を広げ、座り込んだ。
「疲れたぁ〜」
「私も」
お昼ご飯の握り飯とお漬物を食べながら口々に話す。
「アメリカみたいに物資はあまりないけれど」
「そうだよね。その分、精神力で勝つんだものねぇ!!」
「うん、そうだね!」
「ねぇ、このまま空襲が来なかったら良いね」
「どうだろう。東京は空襲も多いって聞くし……」
「ラジオでやってたよ。確か、三月くらいに大きな空襲を受けたんだってねぇ」
小声で話すと、エツ子がそっと笑った。
「でも、頑張らないと。お母さんに“立派に務めます”って約束したんだ」
「そうそう。偶数班は夜勤だよ。だから私達は夜の八時までお休み」
文が先生からの連絡事項を口に出す。
握り飯を食べきり、手のひらに残った米粒を指でつまんで口に入れる。冷たく乾いた味が、やけに胸に沁みる。
そんな時、後ろの方で誰かがひそひそと話しているのが聞こえた。
「ねぇ、知ってる?向かいの商店街の佐川さん、捕まったんだって」
「え、どうして?」
「昨日、家の前で『もう日本は駄目だ、負ける』って言ったらしいのよ。それを憲兵さんに聞かれたらしくて……。今朝、連れて行かれたって」
「本当なの?」
「それが本当らしいよ。怖いわぁ......」
「佐川さん、運が悪かったわね......」
声の主は挺身隊の年上の工女さん達だった。
それから、寝転がったりお喋りをしていたら、午後の作業再開を知らせるサイレンが鳴った。
「あ、鳴ったね」
「じゃあ、私達は夜勤だね」
日勤と夜勤はどうやら、一週間ごとに変わるのだそう。
そして、数日経つと、私はあることに気付いた。
当番がない日も、のんびりできるわけではない。寮の掃除や洗濯で手が荒れて、夜になると痛くて眠れなかった。
夜勤の子は日勤の子達が働いている間、寮の掃除や庭の草むしり、台所の手伝いをする。その逆もまた然り。
そして、自習時間という時間もあるが、ほとんどの子は疲れきって眠ってしまっている。
挺身隊の工女さん達は、日勤勤務らしく、夜には自分の家に帰るんだと。
そして工女さんを先頭に私達は食堂に入っていく。
「新入りはこっちの席。真ん中は絶対に座っちゃ駄目よ」
「はい」
他にも食事の配膳棚から近い窓や窓側の席などはベテランの指定席なので、絶対に座るなということも教えてくれた。
......仕事以外にも沢山の決まり事があるんだ。
年功序列という暗黙の規則。まずは食事を済ませて、仕事場に向かった。
工場の中は、思ったよりも暗かった。
天井は高く、鉄骨がむき出し。奥の方では、すでに機械が低い唸り声を上げている。
油と鉄の匂い、そしてどこか焦げたような臭気。
指示を受けた仕事は何とかこなせそうだった。新入りなので作業も比較的簡単なものだった。
最初の仕事は、飛行機部品のバリ取りだった。
小さな鉄片を削るだけの単純作業。
だが、それでも失敗すれば不良品になる。
指導係の女工さんが厳しい声で言った。
「兵隊さんは戦場で戦い、私達は銃後を守る!ほら、頑張るよ!!」
「はい!!」
みんなの声が揃う。
兵隊さん達は私達の為に命懸けで戦ってくれている。私達女学生は直接それをお手伝いすることはできないから、工場で働くことで兵隊さんのお手伝いをする。という合言葉だった。
町の電信柱の縦看板に書かれていた『一億一心』というスローガンを思い出した。
小さな手に、やすりを握り直す。
ごうん、ごうんと機械が鳴るたび、床がわずかに震えた。
時間が経つにつれ、手のひらには豆ができ、粉塵が髪に絡む。
仕上げの精度が悪いと、飛行中に振動が出ると聞かされた。けれど、誰もその飛行機がどこへ飛び、誰が乗るのかまでは知らない。
機械の音が途切れず響く。
(ご飯食べたのにもうお腹空いてきた......)
朝ご飯は麦七割、米三割の麦飯にたくあん、大根の葉っぱのお味噌汁。
トントン、と鉄槌のような音が交じる度、遠くで雷が鳴っているように錯覚した。
教室でペンを走らせていた日々が、まるで遠い昔のことのように思えた。
空襲警報が鳴っても、指示があるまでは避難できない。
「次はここの角をもう少し平らにして!」
指示に従い、細かく削り続ける。繰り返し作業の単調さに、まぶたが重くなる。時折、機械の大きな音にびくっと肩をすくめる。汗と埃が混ざった匂いが鼻を刺す。
お昼近くになると、作業停止のサイレンが鳴った。
お昼休憩、ということなのだろう。
作業台を離れ、工場の外に出た。薄曇りの空はまだ冷たく、吹き抜ける風が髪をぴたりと顔に貼り付ける。短く切り揃えられた原っぱに班ごとに敷物を広げ、座り込んだ。
「疲れたぁ〜」
「私も」
お昼ご飯の握り飯とお漬物を食べながら口々に話す。
「アメリカみたいに物資はあまりないけれど」
「そうだよね。その分、精神力で勝つんだものねぇ!!」
「うん、そうだね!」
「ねぇ、このまま空襲が来なかったら良いね」
「どうだろう。東京は空襲も多いって聞くし……」
「ラジオでやってたよ。確か、三月くらいに大きな空襲を受けたんだってねぇ」
小声で話すと、エツ子がそっと笑った。
「でも、頑張らないと。お母さんに“立派に務めます”って約束したんだ」
「そうそう。偶数班は夜勤だよ。だから私達は夜の八時までお休み」
文が先生からの連絡事項を口に出す。
握り飯を食べきり、手のひらに残った米粒を指でつまんで口に入れる。冷たく乾いた味が、やけに胸に沁みる。
そんな時、後ろの方で誰かがひそひそと話しているのが聞こえた。
「ねぇ、知ってる?向かいの商店街の佐川さん、捕まったんだって」
「え、どうして?」
「昨日、家の前で『もう日本は駄目だ、負ける』って言ったらしいのよ。それを憲兵さんに聞かれたらしくて……。今朝、連れて行かれたって」
「本当なの?」
「それが本当らしいよ。怖いわぁ......」
「佐川さん、運が悪かったわね......」
声の主は挺身隊の年上の工女さん達だった。
それから、寝転がったりお喋りをしていたら、午後の作業再開を知らせるサイレンが鳴った。
「あ、鳴ったね」
「じゃあ、私達は夜勤だね」
日勤と夜勤はどうやら、一週間ごとに変わるのだそう。
そして、数日経つと、私はあることに気付いた。
当番がない日も、のんびりできるわけではない。寮の掃除や洗濯で手が荒れて、夜になると痛くて眠れなかった。
夜勤の子は日勤の子達が働いている間、寮の掃除や庭の草むしり、台所の手伝いをする。その逆もまた然り。
そして、自習時間という時間もあるが、ほとんどの子は疲れきって眠ってしまっている。



